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 どうして泣き止んでくれないの? おむつはさっき変えたし、ミルクの時間にはまだ早いはずだ。  生後三週間の娘、咲姫(さき)は私の腕で泣き続けていた。あやしてみるものの泣き止む様子がない。  こういうとき、どうしていいのか一番困ってしまう。まだ昼間だから旦那は帰ってこない。  マンションの家に住むのは三人だけだから、私がなんとかするしかない。咲姫は10分ほどしてようやく泣きやんだ。  キッチンに戻ると昼食に食べようとしていた冷凍うどんが太く伸びていた。咲姫を産んでから食事を食いっぱぐれるなんていうことはザラだった。  咲姫はベビーベッドの中でスヤスヤと眠っている。その時間が勝負だ。食事を素早く食べて、少しでも睡眠時間を取れるようにする。  が、しかし一口二口、麺をすすったあと箸が止まってしまった。これ以上食べたいと思えなかった。    ここ数週間食欲不振だ。食べようにも喉が食べ物を通さない。体重も減少したように感じる。  ほとんど手をつけてない食事を片付けようと、椅子から立ち上がったときインターホンが鳴った。  慌てて玄関に向かいドアに手をかけ押し開ける。艶のある黒髪はまとめ上げられ、パリッとしたシャツに発色良い赤色のスキニーパンツを履いた女性が立っていた。 「お義母さん……どうして急に……」 「近くに用事があったから、ついでに寄りに来たのよ。それに咲姫ちゃんにも会いたいし」  お義母さんは私を半ば押しのけ、ズカズカと部屋に入ってきた。来るなら一言連絡をくれてもいいのに。決して悪い人ではないのだが、彼女は少々無神経なところがある。  芸能事務所の女社長である義母は実年齢よりも若々しく見える。若い子がするようなファッションや化粧をしたって違和感がない。  いつも自信に満ちている笑顔を浮かべている。彼女はそういう女なのだ。 「あら、(あや)さん洗い物もしてないの?」  いつの間にかキッチンに移動していた義母は眉をひそめて、シンクを覗き込んでいた。どうにも朝は身体がだるくて、朝食に使った食器をそのままにしていたのだ。  私がしどろもどろとしているうちに、義母は勝手に冷蔵庫を開ける。はぁーと長いため息が吐かれる。 「冷蔵庫、何も入ってないじゃない。だらしないわねぇ。ちゃんとしなきゃダメよ。母親なんだから」  心の柔らかいところに爪を立てられて血が滲んだ。泣き出したい気持ちを押さえて、引きつった笑顔を貼り付ける。 「髪はパサパサ、顔色も悪いし化粧もしてない。あなた女として終わってるんじゃない? そんなんじゃ愛想付かされちゃうわよ」  私の髪をくるくると指に巻きつけてスッと離す。その後義母は「冗談よ」と笑った。 「はい、すみません」  はははとおかしな笑いを浮べる。そんな私は視界に入っていないように、義母はベビーベッドで寝ている咲姫に顔を近づけている。  決して悪い人ではないのだ。義母との仲が険悪になるのは嫌だし、できれば嘘を使ってでも仲を保ちたい。  悪いのは私だ。家事も育児も上手くできない私。もっとちゃんとしっかりしなきゃ。だって、私は母親なんだから。
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