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蜜のあわれ
「お早うお嬢ちゃん、ご飯をお食べ。」
「お早うおじさま。ねえおじさま、ご飯って、これでお了い? 近頃めっきり少なくなっているじゃないの。此っぽっちじゃ足りないわ。」
「だってきみの腹は、こんなにぷにぷにじゃないか。肉垂だってこんなにふくれて。」
「そんなの仕方のないことよ。だってあたいは兎なんだもの。兎の女の頸にはお肉がぷにぷにと附くものよ。」
「腹はどうなのだい。」
「其にしても仕方のないことよ。だっておじさまが今まで一杯ご飯を呉れたり、乾燥果物を呉れたりして育ててきたお腹なのよ。」
「そうかそうか。其は悪いことをした。」
「そうよ。だからおじさまは諦めて、今まで通りにご飯をあたいに呉れたら良いのだわ。」
「併しきみは自分で食糞も出来ないじゃないか。兎にとって食糞というものはとても大切なことなのだろう。ほら、今日もまた踏んづけて肢を汚した。」
「ひどいわ。おじさまが拭いてくれたら良いことじゃないの。」
「きみがそれを厭がるから、おじさんも中々拭いてやることが出来予ているのさ。」
「だってこそばゆいんですもの。そうね、だったら、お耳を撫でても良いわ。お耳だったらおじさまの指先で、そおっと触っても良いわ。あたいのお耳、とっても長くて愛らしいもの。」
「垂れているけれどね。」
「あたいはそういう兎なの。あまり詰らないことを言っていると、慍るわよ。噛み付いてやるんだから。」
「きみに噛み付かれたら痛いだろうなあ。」
「ご飯を呉れないというのならお金を頂戴。あたい自分でお店へ行って買ってくるから。おじさま二万円ほど都合していただける。」
「二万円は多い。兎がそんなに金を持って、どうするんだい。」
「女にはいろいろと用意しなきゃいけないものがあるのよ。おじさまにもお土産を買ってあげたいし。」
「多くても三千円で良いだろう。ほら、気をつけて行っておいで。」
「蜜のあわれ(室生犀星)」風
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