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1.まどろみ
「おはようございます」
コンコンとノック。少し遅れて、控えめな声が聞こえてくる。
「失礼いたします」
やがて、ドアが静かに開かれる。そして、ガチャンと音をたてたりしないようにと、ゆったり閉じられる。
「健介様、朝でございます。起きていただけませんか?」
まどろみの中。
女の子の穏やかな声が、健介の耳に入る。それはベッドの脇から聞こえてきた。
「んん。……あと、五分」
別に、意識したわけではない。ただ、条件反射のように、そんな答えが健介の口から出ていた。
女の子は怒るどころか、どこか嬉しそうに微笑んで、そして口を開いた。
「かしこまりました」
――それからしばらくの間、静かな時が流れた。
「健介様」
先程とまるで変わらない、上品な声。
「五分がたちました」
起きてくださるかな? ちょっと期待を込めていそうな、そんな声。
「……もう、五分」
「かしこまりました」
そしてまた、静寂の時が訪れる。
「健介様」
「もう、ごふん」
「はい」
何度となく繰り返す。いい加減に起きろと、そう言われてもおかしくない状況。
だけど、女の子はのんびりした性格なのか、決して嫌がってはいない。
それはまるで、目覚まし時計のスヌーズ機能のよう。
いつ起きてくれるか、楽しみにしているようだ。
「健介様」
「ん?」
ふと。健介が目をさますと。そこには長い黒髪の女の子が、ちょこんと腰掛けていたのだった。床に敷かれた座布団の上に。
「京香ちゃん?」
「おはようございます」
女の子は健介に、礼儀正しく挨拶をした。
「やっと起きてくださいましたね」
にっこりと笑顔。
「……。おはようございます。というかね、今日は休日なんだから、わざわざ平日と同じ時間に起きなくてもいいんだよ?」
「そうなのですか?」
そういうものなのかと、いまいち理解していなさそうな女の子。
「前にいた学校では、休日の起床時間も定められておりましたので」
「……」
健介は、なんだそりゃ? 軍隊かよ! と、思った。
人の自由を奪うことが、教育ってものではないだろうと。
「とにかく、お休みだから、そんなに早起きしなくていいんだよ」
「そうでしたか。……起こしてしまい、申し訳ありません」
京香は頷いてから、立ち上がる。
「朝食の方、用意ができておりますので。お目覚めになりましたら、召し上がってくださいね」
「……」
「健介様?」
突如、健介はスクッと立ちあがった。
そういうことならば、と、真剣な表情。
「京香ちゃんが早起きして、朝ご飯を用意してくれたんだから。起きなきゃ悪い」
「そのようなこと、お気になさらないでくださ……。あ……」
健介は、京香を軽く抱きしめていた。
「いつもありがと」
「……。どういたしまして、でございます」
突然のことに恥じらいながら、京香はにこっと笑った。
朝起きは三文の得。
京香とのお話の中で、たかだか三文程度だろう? と、健介は言ったものだけど。
(それを遥かに上回る、ご褒美をいただけましたよ?)
京香はそう思うのだった。
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