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ユグ・ドラシル
乗り換えのない地下鉄の駅から3分程。十字路の角に位置する喫茶店は、忙しなく行き交う人々を観察するにはもってこいだ。通りに面するボックス席に一人陣取った私は、かつてのようにガラス越しの人間観察に勤しむ。
ーー何年ぶりだろうな。
遠い昔にやめたインプットのルーティーン。しかし、今の私には情報が多すぎる。それほどまでに歳をとってしまったのだなぁと、うらさみしい気持ちでソファにもたれ掛かる。
それだけ年月が過ぎたというのに、変わらずここに店を構える喫茶店は、数少ない私の心の拠り所だ。
ーーあの頃は……何もかもが駆け足だった……。
かつての光景がセピア色で目の前の景色に溶け込む。この店の斜向かいの一階に牛丼チェーンを構えるテナントビルは、車入りの少ないガソリンスタンドに、スクランブル交差点の横断歩道は、普通の交差点にテクスチャが上書きされる。そんなノスタルジィに浸っていると、向かいのソファに一人の青年が腰掛けた。
「久しぶりだな、悠斗。」
私が彼にそう声をかけると、小ざっぱりとした青年は不機嫌そうな表情でこう返した。
「呼び捨てにするなよ、赤の他人だろ。」
「済まない、悠斗くん。」
私は、妻ではない女性の子、つまり隠し子である悠斗に平謝りした。
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