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稽古
新学期になって、文化祭で披露する公演の練習が始まると、表舞台に立つ側と裏方とで分かれてそれぞれがより一層密接な関係になる。
それは、鷹宮くんとも例外ではない。
あのとき彼が顧問にさりげなく宣言してからというもの、わたしと鷹宮くんは"掟"を経て交際した微笑ましいカップルになってしまったようだ。
こういったケースはありえないことではない。先輩たちにも何組かいた。同級生にも1組くらいはいたかもしれない。
そうではなく、わたしが危惧していたのは、みんなの彼である彼女の座を奪ってしまった醜い女として厭われること。けれどそんな考えも杞憂に終わった。おそらく、鷹宮くんがうまくみんなを口説いた…いや、納得できるような言動をとったんだろう。天性の人たらし、このくらい簡単なはず。
読み合わせを数日かけて数回繰り返し、発せられるセリフから作品としてのまとまりが出てきたところで、立ち稽古に進んだ。
とりあえず、ストーリーの半分ほどやってみてという監督からの指示のもと、行ってみるけれど……
「…御門さん。本読みのときには感じなかったんだけど、庶民の素朴さが薄いかも」
「え?」
「ちょっと……魅力? 色気? が溢れ出すぎてるっていうのかな」
「……わかった」
ーーーそうは言っても、自分じゃわからない。地味なつもりで演じてるのに。なんなの、それ?
しばらくわたしの色気のせいで、監督の考える役にハマらず、稽古が前進しない状況が続いていた。おかげで、陰口を叩かれてるのもちらほら聞こえてくるように。
こういうイライラを自分がされるようになるなんて、思ってもみなかった。
「…姫苺先輩、ちょっといいですか」
見兼ねた恋人が、部活の終わりにわたしに声をかけてきた。傍から見れば、そのさまはまさに、彼女を気遣うよき彼氏のようで……
「…今は、放っておいて」
帰り支度をしながら、鷹宮くんを振り払うように駆け足で学校を出る。構わず追ってくる彼。
「そんなこと言って、おれに何も言う気ないですよね。明日、部員みんなの前でお仕置きしてほしいんですか?」
「っ、やめて。冗談でもそんなこと言わないで」
わたしは歩く足を止めて、鷹宮くんに向かってそう言った。すると、彼はフッと笑う。
「期待してます?」
「どうしてそうなるの。いつもいじわるなことばかり言って、鷹宮くんなんてきらい…」
「いいですよ、きらいでも。そうやって、おれのこと意識してください」
「な…」
「姫苺先輩って、いつもおれのこと誘惑してますもんね」
「は…?」
「そうですよ。誘惑です。おれが先輩を誘惑して、先輩よりも色気を出せば、きっとこの問題は解決ですよね」
ーーーそんなわけないじゃん。何を考えてるの?
わたしの気持ちを置き去りにしたまま、鷹宮くんはひとりで納得して歩き出す。
「明日、始まる前に、魔法をかけさせてくださいね」
「…どうして」
「おれなりの、先輩を誘惑する手段のひとつなので」
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