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「とりあえず、歩きながら話しましょう。ずっとここにいるのもあれなので」
風地と一翠が立ち上がるのを見て、私も慌てて立ち上がった。制服のスカートに付いた土汚れを落とし辺りを見回す。随分と背の高い竹が、道を作るようにずーっと向こうの方まで続いている。
「あの、ここって一体……? あなたたちは私をどこに連れてきたの?」
先頭を歩いていた風地がくるりと振り返る。
「ここは隠世です。人間たちが住む現世とは違う、あやかしたちだけが住む世界」
頭を何かで思いっきり叩かれたような衝撃が走った。さっきまではあやかしであるというこの二人を見て驚いていたのに、今度はそのあやかしたちが住む世界に連れてこられたと聞かされ、私の頭はすぐにでも破裂しそうだった。
「……どうして私を、その、隠世なんかに?」
フラフラする頭を押さえながら私は尋ねる。すると今度は一翠がこちらを見て口を開いた。
「お前が持つ、他者と他者の運命を引き寄せる力を、借りたいからだ」
「え?」
思わず足を止める。
「隠世は、今大変な状態でして。若者たちの恋愛離れが進み、あやかしたちの数がどんどん減っていっているんです。確か人間の世界でも少子化が進んでいるという話を聞きましたが、それと同じようなことがここでも起きています。安定した生活を提供し、ここに住むあやかしたちを守るのが、この土地の領主である一翠様のお勤め。なのであなたに僕たちの仕事のお手伝いをしていただきたく、こちらの世界へと来てもらったんですよ」
「ち、ちょっと待ってよ、そんな大きな問題事、私なんかがどうにか出来るわけ……」
「一翠様と僕が、誰かの恋路をどうにか出来るとお思いですか? はっきり言います。無理です」
「えぇ……言い切っちゃった。自分のことだけならまだしも、領主様のことまで無理って言っちゃった」
風地はコホンと咳払いしながら、もう一度こちらを見た。
「とにかく、どうにかこの状況を打破する解決策はないかと探していたところ、一翠様があなたを見つけたんです」
ゆっくりと一翠の顔を見る。短めの黒い髪が、竹と竹の間を通り抜けてきた日の光に照らされ反射するように輝いている。
「先ほどの光景を俺は見ていた。お前が見事に他者同士を引き合わせたところを」
あの時の女の人との会話、聞いてたんだ。あれ、ちょっと待てよ。てことは、もしかして今までの独り言も全部聞かれていたんじゃ……。
私の様子を察してか、一翠は言った。
「安心しろ、見ていたのはそれだけだ。お前がことあるごとに社に向かって話しかけていたことなんて、俺は知らない」
「いやそれもう知ってるって言っちゃってるからね!?」
神様じゃなくて、まさかあやかしに聞かれていたなんて。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。そしてそのままその穴を誰かに埋めてもらいたい……。
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