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「契約成立だ」
その手に導かれるように自分の手のひらを重ねると、体の中を一気に風が吹き抜けた。胸上の中央辺りに激しい熱さを感じ、すぐに確認する。
「こ、れは?」
何かが体の奥から赤く光っている。それは徐々に輝きを失うと、不思議な模様だけが残っていた。
「一翠様との契約の証です。それがある限り、必ず一翠様はあなたをお守りいたします」
風地が片足を後ろに下げ腰を曲げると、一礼した。
「名は何と言う?」
「……梔、茜音」
「……茜音、か。好きな響きだ」
「え?」
一翠の目を見てしばらく固まる。しばらくして、まだ手のひらを重ねたままだったことに気づいた私は急いで体ごと距離を取った。
「茜音、俺のことは呼び捨てでかまわない。気軽に一翠と呼べ」
「一翠様! さすがにそれは、他の者に示しが……」
「かまわん。呼び方など、そこまで重要ではない」
「はぁ……。一翠様がそう仰るならこれ以上は何も言いませんけど」
風地は渋々といった感じで引き下がった。
「契約……は成立したけど、これからどうすればいいの?」
一翠は腕を組み何かを考えている。
「そうだな、まずは他の者に……」
「の前に、許可証ですよ、一翠様。それが無いと話になりません」
「許可証って?」
「本来ここは、あやかし以外の者が入ることを許されておりません。人間がここに立ち入るためには、ここを管理している仙人様から許可を貰う必要があるんです」
許可証というのは、きっとパスポートの様なものなのだろう。自分の住む国から海外に行くには、必ず身分を証明するパスポートという物が必要になる。ただ、このパスポートを発行するにはいくつかの手続き、お金、そして時間がかかる。こっちの世界での許可証とは、はたしてすぐに作れるものなのだろうか?
「それじゃあ、その仙人様の所に今から?」
「えぇ、そうです。この竹林を抜け北へと山を下りた先に、仙人様が住む睡蓮の泉という場所があります。まずはそこに向かいます」
仙人様、か。段々と考えるということに対して脳が麻痺してきたらしい。今は落ち着いて話を聞けるようになっていた。
仙人がいるという睡蓮の泉に向かう途中、私は疑問に思っていたことを一翠に尋ねた。
「……ところで、えーっと、一翠……さん?」
「一翠でいい」
「えぇ、でも……」
この土地の領主だという者を呼び捨てにするのにはやはり抵抗がある。かといってさん付けするのもなんだか変な感じがする……。
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