領主様の頼み事

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 前を歩く二人の背中を見送った後、私はある場所へと向かった。気分が落ち込んだり、何かあった時には必ず行く場所。家からもすぐ近くて、今まで何度通ったかとてもじゃないけど数えきれない。  石畳の階段を上り、少しこじんまりとした鳥居をくぐる。決して大きな所ではないし、有名になるほど何か特別なご利益があるわけでもないが、地元の人たちにとってはとても馴染みのある神社だった。  いつも通り手水舎で心身を清めた後、拝殿ではなくその横の少し逸れた所にある小さな社へと向かう。その社にどんな神様が祭られているのかは正直わからないが、この社の前に座って自分の気持ちを吐き出すと、スッキリした。誰かがちゃんと話を聞いてくれてるような、不思議な感覚もあった。否定も肯定もない一方的な会話だけど、私にはそれが必要だった。 「……あはは、また来ちゃいました。今日も私の話、聞いてくれますか?」  社の前にある木の枠組みにそっと腰掛け、今日起きた出来事を事細かく話し始めた。 「……ここまでくると、やっぱり私、神の使いだったりとかするんですかね? あ、もしかして、あなたがその神様だったりして。だとしたら、本当に許しませんよー」  一人で喋りながら笑っている私は、傍から見ればかなりヤバい奴だろう。けど、ここに来る人は中々いないため、すっかり安心しきっていた。だから突然横から声を掛けられた時は、心臓が本当に口から飛び出るかと思った。 「……あ、ごめんなさい。お邪魔でした、よね?」 「い、いえ! 誰もいないと思ってたので、ちょっと驚いただけです!」  必死に気持ちを落ち着かせ、声をかけてきた人物をゆっくりと見た。  仕事帰りだろうか。暗めのグレーのスーツを着ており、左手には黒の鞄、右手にはスマートフォンを握りしめている。歳も二十代前半に見え、落ち着いたメイクが元の顔立ちのよさを引き出している。  綺麗な人だな……。ボーッと見ている私に向かって、女の人は若干眉尻を下げ話しかけてきた。 「あの、ごめんなさい。聞くつもりじゃなかったんだけど、さっきの会話……じゃなくて、独り言? が、聞こえてしまって。ちょっと気になる内容だったから、つい声を」 「……もしかして、全部聞いてました?」  恐る恐る尋ねる私に、女の人はコクリと頷いた。その瞬間、体中の熱が一気に顔に集まるのを感じた。  どうしよう、まさか見ず知らずの人にこんな恥ずかしいところを見られてしまうなんて……。 「隣、座ってもいい?」 「……あ、はい、どうぞ」  横にずれると、女の人はスカートを正しながら私の隣に座った。
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