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ふと私は、女の人が握りしめているスマートフォンに目を向けた。
「もしかして、動物好きなんですか?」
「え? あ、これね。 うん、昔から動物は好き。動物の番組とかも結構見たりしてる」
女の人が持つスマートフォンのカバーは、可愛い犬の写真がプリントされているものだった。
「動物を飼ったことは?」
「ううん、ない。私にちゃんとお世話できるか正直不安で。動物を飼うにはそれなりの覚悟が必要でしょ?」
「確かにそうですよね……飼う、まではいかなくても、動物と直接触れ合ってみる、とかは……?」
なるほど、というように女の人は頷く。
「ただ見ているだけなのと、直接触れ合うっていうのは違うよね。うん、それいいかも」
女の人は立ち上がると、こちらに笑顔を向けた。
「話聞いてくれてありがとうね。なんだかスッキリした」
「いいえ、私も話せて楽しかったです。今日、ここに来てよかったって思いました。ヤバい姿見られちゃいましたけど……」
「ふふふ、私も来てよかった。どこかでまた会ったら、よろしくね」
笑って頷く私に向かって女の人は手を振ると、私の前から去って行った。
意外と長くお喋りしていたらしく、すでに日は沈みかけている。少しでもあの女の人がよい方向へと向かえばいいなと思いながら、地面に置きっぱなしだった鞄を掴む。すると、突然強風が吹き、とっさに手で顔を押さえた。ここ、あまり風が入らない場所なのに。不思議に思いながらも閉じていた目を開けると、ヒラヒラと何かが私の前に落ちてきた。
「……なんだろう、これ」
そっとそれを両手で受け取める。どうやら鳥の羽のようだった。黒くてかなり立派な羽だ。烏の羽のように見えるが、それにしては少しサイズが大きすぎる。このままここに置いていくのもなんだか勿体ない気がした私は、それを鞄の中へと入れた。もしかして新種の鳥の発見かも、と馬鹿なことを思いつつ、そのまま私は神社を後にした。
家に着いた私は、誰もいないシーンとした部屋の電気を付けると、鞄をソファへと置いた。
「ただいま、お母さん」
台所のカウンターに置いてある、私と母の二人が写っている写真に向かって、私は声をかけた。こんなことしてるけど、別に母が亡くなっているわけではない。全然健在。むしろものすごく元気。
母は自然や景色を撮る専門の写真家で、日本だけでなく海外にもよく行く。そのため家にいることはほぼなく、私は一人暮らしをしているも同然だった。寂しくない、と言えば嘘になる。けど、母が撮る写真はどれも素敵で、こんな素晴らしい写真を取り続ける母を素直にすごいと思っていた。だからいつか私も母の旅に同行できれば、なんてことを思ったりなんかしている。
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