領主様の頼み事

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 制服のポケットに入れていたスマートフォンが突然振動する。 「あ、きたきた」  スマートフォンを取り出し、メッセージを確認する。むろん、母から。毎日の恒例だった。 「……えぇっと、茜音(あかね)、元気ですか?  変わりはないですか? って、なんでいつも同じ文面から始まるんだろう。たまには変えてほしいんだけどな。マンネリは危険って、いつもお母さんが言ってる言葉じゃない」  ブツブツと文句を言いながら、私は素早く文字を打っていく。 「……はいはい、あなたの娘は今日も元気に失恋しましたよ、と」  打ち終わった文字を再確認した後、送信ボタンを押す。私はスマートフォンをテーブルの上に置くと、制服を脱ぎ始めた。するとすぐに母から返信がきた。  テーブルの上で小刻みに動くスマートフォンを手に取り、画面を開く。 「……失恋したからなんだというのだ。女は恋に破れた数だけ強くなる。一番怖いのは恋をしないこと。……おぉ、さすが私のお母さん。何言ってるかちょっとわかんない」  続けざまに送られてきた写真を見て、思わず私はクスリと笑った。そこには、現地の人たちと一緒に笑顔で映る母の姿があった。身につけているTシャツの文字には英語で“私はいい女”と書かれている。 「……もう、どこでそんな服見つけるんだか」  少しだけ呆れつつも、『ありがとう』と返事を送信し終えた私は、夜ご飯を作るために台所へと向かった。  それから数週間が経ち、気づけば明日から夏休みが始まろうとしていた。今年も何の変哲もない休みを送るんだろうなと思いながら、鞄に荷物を入れていく。 「茜音、バイトするんだっけ? 空いてる日わかったら連絡してよー。じゃ、またね」 「うん、了解」  次々と教室から出ていく友達に向かって私は手を振る。特に大きな予定などない私は、長期の休みになると毎回短期のアルバイトをしていた。去年の夏は海の家でアルバイトをさせてもらっており、お客様からの注文を受けて食事を運ぶだけという簡単な仕事内容だったが、確かここでも誰かの恋路に巻き込まれたような……。  今回はどんなアルバイトにしようか。そんなことを考えつつ学校から出た私は、家に着くまでの途中にある神社へと続く石段の前でふと足を止めた。  そういえば、あれから神社を訪れていない。最近は何事もなく過ごせていたからここには来ていなかったわけだけど、たまにはちゃんと参拝してみるのもいいかもしれない。
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