領主様の頼み事

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 石段を上り鳥居を抜けた後、手水舎で清め終えた私は拝殿へと向かった。賽銭箱の前に立ち、財布からお金を取り出すと、そっと賽銭箱へと投げ入れる。大きな鈴が取り付けられた縄を掴んで左右に大きく振った後、手を叩いて目を閉じるとお願いをした。  早くアルバイトが見つかりますように、と。  参拝を終えた私は、いつもの様に拝殿横の少し逸れた場所にある社へと向かった。すると先客がいることに気がついた。 「……あれ? あの時のお姉さん?」  私の声に気づいた女の人がこちらを振り返る。目が合った瞬間、女の人は嬉しそうな笑顔を向けた。 「あー、よかったぁ、会えて。実はあなたのこと待ってたのよ」 「え、私を?」  首を傾げた後、女の人のもとへ近づこうとした。その時、女の人の足元に何かが座っているのが見えた私は、ぴたりと歩みを止めた。 「……そこにいるの、もしかして」 「そう、私の新しい家族」  女の人はしゃがみこむと、大人しくお座りしている犬の頭をわしゃわしゃと撫でた。黒と茶色の毛並みが混じった中型犬。犬種は雑種で、顔と体つきを見たところおそらく成犬だ。 「実はね、あなたと別れた何日後かに友達から連絡があって。その子の祖母がね、今度施設に入ることになったらしくて。で、祖母が飼っていた犬を引き取ってくれる人を探してるんだけど、どう? って。今までの私だったらたぶん断ってたと思うんだけど、動物と触れ合ってみるのはどうかって話をタイムリーにあなたとした後だったから、これはもしやって。で、すぐに会いにいって、この子も私にすぐ懐いてくれたのを機に、飼うことを決めたの」 「うわ、すごいタイミングですね」 「でしょ? あ、でもすごいのはこれだけじゃなくって、この後の話なの。この子、まだ若いのにあまり遊んでもらえてなかったみたいで。まぁしょうがないんだけどね、お婆さん高齢だから。で、飼い始めてからすぐに私、ドッグランに連れて行ったの。それが本当に嬉しかったんだと思う。その場に着くや否や、誰かれ構わず絡んでいっちゃって。その中でも特にある人に必要以上にまとわりついちゃって、必死に引き離した後にその人の顔を見て、私驚いちゃった」 「知り合いの人だったんですか?」 「ううん、そうじゃなくて」  撫でていた手を止めると女の人は立ち上がった。そして少し恥ずかしそうに口を開く。 「……一目惚れってやつかな、うん。その人を見てすぐに、あ、この人だって思ったの。新しい恋になんて全く興味なかったのに、ほんともうびっくり」  私は驚きと嬉しさで一瞬わけがわからなくなり、ただ口を開いたまま女の人の顔を見ていた。
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