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「まだ知り合って間もないし、互いのことを詳しく知ってるわけじゃないけど、久しぶりにこういう気持ちになれたのがすごく嬉しくて。とりあえずこのことあなたに伝えなきゃと思って、この子の散歩がてら、ちょこちょこここに寄ってたりしてたの」
「え、そうだったんですか! 私あれからここに来ていなくて……」
「いいのいいの、そんな都合よくすぐ会えると思ってたわけじゃないから。ただ、お礼だけはちゃんと伝えたくて」
「お礼だなんて、私は何も……」
首を振る私に、女の人はまっすぐこちらを見て言い切った。
「いいえ、あなたのおかげ。だって、神様の使いでしょ?」
そう言って明るい笑顔を向ける女の人の顔は、本当にキラキラと輝いていた。
これからこの人の恋がどうなっていくのかは正直わからない。けど、今まで思い詰めていたものが吹っ切れた時にみせる笑顔は、なんて素敵なんだろうかと思った。少しでもこの人の人生の一部に何かを届けることができたのなら、こんな運命も悪くないのかもしれない。
その後女の人と別れた私は、社の前に腰を下ろし、空を見上げた。
「……さっきの話、聞こえてました? 私が神の使いかもしれない説、これでさらに有力になっちゃいました」
いるかわからない神様に向かって、私は笑いながら言う。
「もしあなたが私をこっちに送り込んだ神様なら、たまにはご褒美くれてもいいんじゃないかなぁって思うんですけど、どうです?」
もちろん返事はない。私は目を閉じ、大きく息を吸い込む。空気が、いつもより美味しく感じた。私って、結構単純なんだなと思いつつ再び目を開けると、いつの間にか知らない人物が私の前に立っており、こちらを見下ろしていた。
瞬間、背筋にゾクリとするものを感じた。目の前に立つ人物は、姿形は人間のはずなのに、何か異質な気配があった。顔は何かの面を付け隠れており、表情は伺えない。ただ、こちらをじっと見つめているということだけはわかった。
身動きできずに固まる私に向かって、その異質な人物は言った。
「この者で決まりだ。すぐにここを去る。風地」
「……はい、承知いたしました」
突然背後から声が聞こえたかと思うと、社の扉がキィ……と音を立てながら開き始めた。
「え……」
振り返る暇もなく、腰に何かが触れた。見ると人の腕が私の腰へと巻きついている。
まさか、これって……。
急激に体温が下がるのを感じながら、私はただ唖然と自分の体が社の中へと引きずり込まれていく様子を見送るしかなかった。
どうして、こんな……。
私の人生は、ここで呆気なく終わるものなの?
これが……これも、私の運命だったというわけ?
そんな考えもあっという間にかき消されると、私の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
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