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真っ暗闇の中、私は意識を徐々に取り戻しつつあった。まだ瞼を開けるには少し時間がかかるが、それでもはっきりとしてくる意識の途中で、何かが頬にぺちぺちと当たる感触に気づいた。
これは一体なんだろう。少しヒヤリとするけれど、どこか温もりも感じる何かが、私の頬を叩いている。それに、うっすらと声も聞こえる。
「……何故目を開けない。寝ているのか?」
「寝ているわけじゃないです。それ、意識を失って気絶してるって言うんです」
「気絶? 何故気絶する」
「無理もないですよ。隠現の狭間の中を、何の覚悟もなしに突然通ったのですから、意識は持っていかれるに決まってます。でも、よかったんじゃないですか? 変に騒がれなかったおかげで、ここまで誰にも見つからずに運べたのですから」
「そうか」
会話はそこで途切れると、再び何かが私の頬をぺちぺちと叩き始めた。頬に伝わるその刺激にいい加減うんざりしてきた私は、ゆっくりと目を開ける。
「……あ」
私の目の前にいた人物が、間の抜けたような声を出す。と同時に、私の顔に当てていた手をピタリと止めた。
頬を叩いていたのはお前か、と思いながら、目の前にある異様なお面を付けた顔に驚いた私は悲鳴をあげた。
「目を覚ましたぞ、風地」
「はい、知ってます。横で見ていましたから」
ハッとした私は、お面を付けた人物の横に立ち、こちらを見下ろしている者の方へと視線を向けた。その者の顔を見て、さらにハッとする。
薄緑色と少しくすんだ黄色が入り交じった長い髪を一纏めにしており、それは風に靡くように後方で揺れていた。額には何かの模様らしきものが刻まれているようだが、前髪に隠れてはっきりとは見えない。瞳も髪と同じような色合いだが、どこか儚さがある。けれどその奥には強い意志のようなものも感じられ、不思議と魅入ってしまうような目をしていた。歳はだいぶ若い。私と同じか、それよりも下ぐらいか。とにかく、人とは逸脱したその姿に、私は言葉を失っていた。
「……また気絶したのか?」
目を見開いたまま固まる私を見て、お面を付けた人物が薄緑色の髪の少年の方を見やる。
「いいえ、気絶じゃあないですよ。僕を見て驚いているだけです。この方の知っている人間の姿とは、だいぶかけ離れていますから。ところで一翠様、そろそろそのお面取ったらどうですか? また気絶されても困りますし」
「……そうか」
お面を付けた人物はおもむろに手を伸ばすと、顔から面を取った。私は恐る恐る頭を動かし、お面の下から現れた顔を見ると息を飲んだ。
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