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ふわふわした立派な耳だ。その色は髪よりも少しだけ濃い。どこかで見たような毛質だった。 先端がぴくぴくと動き、おもちゃにしては精巧だなあと現実逃避しようとする俺の思考を、少年の訴えるような声が遮った。 「それよりもうご飯も用意してあるんだよ! 帰りが遅いからもう冷めちゃったよぉ」 「え、あ…、ご、ごめん……?」 両手を腰に当てて怒っている。戸惑う俺に構わず、彼はぐいと俺の腕を引っ張った。 掴まれる感触もまるで本物―― 感心する間もなく、俺の目は背を向けた少年に釘付けになる。背中の下、ワイシャツの裾の端からは、これまた立派なふさふさの尻尾が覗いていた。 ゆらゆらとリズミカルに揺れる様にまじまじと魅入って、思わず手を伸ばしかける。 既のところで止めて、己の理性を引き戻した。 危ない危ない。危うく通報レベルの失態を犯すところだった。 意識をそこから引き剥がすと、すでにリビングにいた。 いつもと何ら変わりない、社畜独身会社員が住む俺の家だ。 唯一いつもと違うのは、テーブルの上に、オムライスとポテトサラダが並べられていることだった。 その光景に、俺は涙を流していた。
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