隠しごと

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 僕には密かな趣味がある。  高さ四十センチ奥行き四十センチの立方体の箱に僕の大切なものが納められている。僕はこれを蓋を開けて、毎日中身を確認している。  僕の大切なものが納められている様子を眺めるのが、僕の趣味なのだ。  誰にも話したくない楽しみだ。  共有なんて求めない。理解なんて論外だ。これだけあれば僕は幸せになれる。  ――魔がさした。  ある日の友人との酒の席で、僕は友人が何を大切にしているのか知りたくて聞いた。そんなにも幸せそうに笑みを溢すことの秘密を知りたくなった。満たされているようにも見える彼の人生を覗いてみたかった。  すると、彼は自分の嫁と生まれてくる子どもの話をした。興ざめだった。  どんなものが隠されているのか暴いてみたくなっていた僕の心境は、あっさりと裏切られたのだ。彼が語るのは有り触れた家族の幸せだった。世界を見渡せば同じ色をいくつも見つけられるつまらないものだった。  またある日、もう一人の友人に聞いた。  すると彼は、金こそがこの世界で最も価値ある大切なものと豪語した。これもつまらない。  時の権力者のみならず、この世界の誰もが欲するものだ。変わったものでもなんでもない。自分こそがと思わせたいのか、彼が力んで語る姿は滑稽そのものだった。  なんて空っぽな人なんだ。僕は友人の評価を過小に修正する。彼のように汚らしい欲望を自分の根幹に置きたがる人は、他人をも利益を生み出す道具にしか見ていないだろう。  仕事こそ優秀だが、それ故なのか、彼の人間性は誰よりも劣るのかもしれない。  もう一人は、自分こそが大切と答えた。  何を幸せで、何を不幸で、裕福であろうとも貧困であろうとも、そこに人生の意義や生き方を見いだすのは自分あってこそだと語る。まずは自分の意志を強く持ち、今のすべてを受け入れて見据えて、立ち位置を把握する。そうしてようやく世界と対峙できるのだ、と。  だから、その視点であり中心の自分こそが大切らしい。  彼は小さい人間だ。  前の友人は心に欠陥を抱えていると思っていたが、それよりも、何もかもが矮小だ。  広大な世界を相手に小さな自分だけを見つめて何を得られるのか。利己主義の極み。我が儘にもなってしまう危険な人だったとは。  そういえば、彼は電車でも我先にと入らず、一歩引いて、隣に並んだ人を先に行かせているではないか。自分の後ろに控えている人の気持ちを無視した利己的行動だ。いずれ問題が起きるかもしれない。彼とは会う頻度を控えたほうがいいだろう。  彼の他を排斥するような行動に巻き込まれたらやっかいだ。  彼らから、お前の大切なものは何なんだと聞かれる。  等価交換というやつだろう。でも、僕は話さなかった。  誰かに話すと、僕の大切にしているものの価値が下がるからだ。彼らのように、恥ずかしげもなく誇らしそうに話していいものではない。秘めてこそ価値のあるものなのだ。  今日も仕事を終えて、ひとり家に帰った僕は大切なものが納められている箱を抱きしめる。表面を撫でて、あふれ出る僕の愛情を中身から感じ取った。  そうして、箱を開ける。僕の、大切なもの。 †  男は何も入っていない箱を覗いて、ため息を漏らした。とても恍惚としていて、満ち足りた顔だった。
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