ノックの音が

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ノックの音が

 友人のキーマの結婚式に出席することになった。  いろいろあったけどとうとうそういう気になったのだな、ということがうれしかった。  うれしかったが、変な気もした。  キーマは初婚。オレはハズキとだけ入籍した、というのがまぁ二人の婚姻における真実なのだけど、実際は2人とも、知り合いからの頼まれごとで、結婚したことがあったのだ。  キーマと作った会社が軌道に乗り出した頃、ビデオ卸の大崎という男に頼まれて、とある中国人の女性を妻として入籍し、100万円ずつもらったことがあるのだった。  若気の至りという言葉でごまかすしかないのだけど、出鱈目なことを平気でやっていた時代の話なのである。  実際そのことは誰にも話していない。ハズキと結婚する時も、 「一応バツイチで、もうその人とのことは何にもないんだよ」 というと、 「そんなこと気にしなくていいよ」  そう言って笑い飛ばしてくれたから、それ以上の説明はせずに済んだ。  そんなハズキにも7年後に去られてしまったから、結局何にもその件に関しては詳らかにする必要はなかった。  キーマに戸籍のバツイチのことは結婚する相手に説明できたのか、と訊ねたら、 「まさか・・・」  お茶を濁すように誤魔化して、 「まったくその女性とは、その後何ひとつ交流もないし、音沙汰も知らないんだよ、と強く言い切って理解してもらったよ」 ということだった。 「・・・こういうのは今回だけにしてくださいよ」 「わかってるがな、顔立ててくれた恩は一生忘れへんがな」  大崎はオレとキーマに深々と頭を下げ、一束づつ手渡したのだった。 「!」  いや、これは・・・。値段は聞いていなかったが、大崎から頼まれた時、片手をパッと開いたので5万円ずつかな、と思っていた。安いなぁ、とは思ったが、そういうことではなかったし、それがきっかけになってとんでもないことに巻き込まれてしまうのは嫌だなぁと思っていたので、これっきりということなら・・・と強く念を押して、とりあえず引き受けたのだった。  入籍し、いろいろ指示された書類を取り寄せたり、ゴソゴソとそれにかかわることを支持され、何やかやとした。  そうして半年後に今度は離婚届を書いて、またいろいろと注文を出された手続きをやって、大崎に手渡した。 「なんもかもうまくいったよ、ただこのことについては他言無用やからな、墓場まで持って行ってや」  大崎は前歯のない笑顔で内ポケットから封筒を取り出し、オレとキーマに押しつけるようにして、ニタニタと笑った。 「!」  こんなにかよ、と思ったが、 「好きなようにつかわしてもらうよ」  そう言って無造作にジャケットの内ポケットにしまった。仕舞いながらビビッていることを見透かされないようにと下手な演技をしてみたりしたけど、きっと見破られていたに違いない、と今でも思う。  その1年後、大崎は富山湾で、溺死体になって発見された。  キーマがその記事を見せてくれた。 「オレたちのビデオ会社もこの先どうなるかわからんなぁ~・・・」  ちょっと覚悟を決めたようなことを二人で話したりした。  でも、ややこしいことを言ってくるものが現れたりすることもなく、月日は流れ、キーマも結婚、ということになった。  オレはビデオの世界から足を洗い、沖縄でお好み焼きの店を経営している。  キーマはまだビデオ制作の仕事に精を出している。  大崎という男のことやその頃にオレたちの周りで起きた不可解なことは、つじつまがまだ合わないまま放ったらかされている。  でもそれはそうしておかなければきっと何かややこしいことがまた蠢き出して、どこかの誰かが富山湾に浮かぶことになってしまうのだろうと思っている。  偽装結婚のことは誰にも漏らさず、知らんぷりして、これからの人生を過ごして行かなければならない。  けどそれぐらいの秘密があった方が日常というヤツはちょっと刺激に飛んでいてミステリアスで楽しいものだな、と思っている。  しかし、いつ第2第3の大崎がやって来るかも知れない覚悟だけはしているのだ。 「??」  誰かがオレのマンションの玄関前に立っている。  そしてノックの音が・・・。  まさか・・・。  10分,20分,30分・・・ノックの音が続いている。ノックの音が・・・。
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