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あの日は満月だった。
霧の中にぼんやりと浮かぶそれは、光を分散して輝き、水の中に浮かんでいるようで、どこか神々しい。
そんな月の夜だった。
彼が舞い降りて来たのは。
空色の、毛先にいくにつれて淡くなっていくグラデーションの髪。
深い海の底のような青の瞳。
闇の中に白く浮かぶ一対の翼。
白い部屋の中、彼はぼんやりとした月の光を受けて佇んでいた。
「翼を望む?」
透き通った、高くもなく低くもない声で、彼が尋ねた。
彼女は頷いた。
「もう戻れなくなるとしても?」
ゆるやかな風が吹いて、彼の髪に光を散らす。
彼女は、遠い昔にどこかで見たことのあるような、風で波打つ湖にうつった空を思い出していた。
儚いような空の青を、彼は思い出させた。
「翼を得たらもうここには戻れなくなるよ。それでも?」
彼女はまた頷いた。
「では、おいで」
ベッドから抜け出し、彼女は裸足で窓まで歩いた。
足の裏にひんやりとした床の冷たさを感じた。
以前、最後に歩いたのはいつだっただろう、と彼女はぼんやりとした頭で思った。
開け放たれた窓の外で、その人はもう翼を広げていた。
頬に風を感じる。
カーテンが風を孕んではためく。
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