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私が階段を下りると、後ろについて来ていた彼が、隣に並んだ。
「あの、もしよかったら、これ、一緒にどうですか?」
うつむいて歩く私の目の前に、2枚の映画のチケットが差し出された。
えっ?
やっぱりナンパ?
にしても、映画を見終わったばかりの女性を映画に誘うなんて、残念すぎるでしょ。
「いえ……」
私は、片手を上げて断る。すると、その彼は言った。
「これ、俺のおすすめなんです。元気になりますよ」
確かに、彼が差し出すそれは、私の大好きな新進気鋭の若手監督の2作目で、胸がキュンキュンすると評判の恋愛映画。ハッピーエンドだったはず。
「いえ、私、そういう気分じゃないんで……」
私は、そのチケットを受け取ることなく、彼を無視して廊下へと出る。
シネコンの広い廊下を歩き始めてすぐ、私の足は止まった。
「陸……」
私の呟きに答えるように、前方で手を挙げるのは、ついさっき分かれたばかりの私の片思いの相手、陸だった。
「あれ? また会うなんて、偶然だな。って、俺たちが映画館で会うのは、当たり前か!」
ハハッと軽く笑う陸。
そうよね。私たち、毎週のように一緒に映画に来てたんだもの。
今週もやっぱり映画に来るよね。
でも、先週までと違うのは、陸の隣にいるのが私じゃないこと。
私たちが、毎週、ただ並んで歩くだけだった廊下を、今日の陸は、原課長と腕を組んで歩いてる。
これが、ただの友達と恋人の違いか。
毎週、会ってても手も繋がなかった私たちとは違うんだ。
ただ、よりにもよって、私の憧れの上司を選ぶことないじゃない。
大好きな上司を憎んだり、恨んだりしたくないのに……
「仁科さん達は、何を見たの?」
原課長に言われて、引っかかった。
仁科さん“達”!?
私が首を傾げる傍で、先程の彼がパンフレットを差し出している。
「これですよ。結構いい映画だったので、彼女、なかなか涙が止まらなくてね」
なぜか、私たちが2人で映画を見たかのように答える彼は、私の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
なぜ?
意味が分からない。
すると、陸が口を開いた。
「なんだ。心配することなかったな。仁科、ちゃんと彼氏がいるなら、そう言えよ。そしたら、俺だってちょっとは遠慮したのに」
えっ……
何、その誤解。
でも、私が本当に好きなのは、あなたです…なんて言えるわけもない。
私は曖昧に笑ってごまかした。
「すみません。いつも仁科を引っ張り回してて。っていうか、どこかでお会いしました? 見覚えがある気がするんですが……」
陸が、私の隣の見知らぬ彼に謝る。
「いえ、初対面だと思いますよ。それより、いつも俺が忙しくて、なかなか一緒にいてやれないので、寂しい思いをさせてるんじゃないかと心配してたんです。これからも仲良くしてやってくださいね」
なんで、初対面の人にお願いされてるの?
わけが分からないまま、「じゃあ」と私の肩を抱いて促す彼に連れられて、私は、陸たちとすれ違った。
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