【一章】 吸血鬼と堕天使

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※ 「ふう……楽しかった。さて――」 「忘れ物ですよ、ルシアくん」  目一杯暴れて満足したのか、奇怪な軽機関銃を手に背中を見せて立ち去ろうとするルシアに目がけて、彼が置き忘れていた拳銃を放る。銃は見た目通りにずっしりと重い為に彼まで届くように、ついでの結構な恨みを込めて投げつけたつもりなのだが。  消耗した身体では、思っていた以上の力は出せず。振り返ったルシアに、難無く片手で受け取られてしまう。 「ふん……まあ、捨てるには惜しい銃だしな。後でアルコール消毒すれば良いか」 「え、ついにバイ菌扱い?」 「まだ生きていたのか、しぶといヤツだな……ククッ、だが……随分ボロボロのようだが、大丈夫か?」 「ええ……お陰様で、今にも死にそうです」  実に、ルシアが弾倉二本を使い切ったその後。僕は蜂の巣どころか、辛うじて崩壊を免れている状態の貸倉庫から脱出することが出来た。ダリア達は奇跡的にも一命を取り留めたようで、警察の車に次々と運ばれて行った。嵐の如き銃声を聞いた誰かが通報したのだろう。  因みに手錠はルシアが撃った弾丸が跳ねて、運よく鎖を千切ってくれた。銀輪は嵌ったままだが、とりあえず後回しにしておくしかない。 「はあ……まあ、結果的には助かったので感謝しますが。って言うか、僕を最初に撃ったのは……ルシアくん、きみですね?」 「ああ、そうだが。何か、問題でも?」  嘲笑を浮かべるルシア。うわぁ、少しも罪悪感を感じていないみたいですよこの子。 「……なぜ、僕は撃たれなければならなかったんですか?」 「教えてやる義理は無い……と言いたいところだが、まあ今は機嫌が良いから教えてやろう」  百発の弾丸を気持ち良くばら撒けて相当ご機嫌なのか、ルシアが微笑しながら語り始める。僕達が居るのは、建物が無造作に敷き詰められた路地裏だ。  黴臭く、昼間であるにも関わらず薄暗い。そんな場所だからか、喧騒は遠く室外機の音以外はそれなりに静かな場所だ。人気も無い。内緒話には打ってつけだろう。 「詳しくは言えないが。俺は今、依頼でとある噂を探っている」 「それは、この国で吸血鬼だけが姿を消している……という噂ですか?」 「何だ、知っていたのか」 「ええ……とは言っても、きみと違って暇潰しと好奇心で調べていただけですがね」  ふらつく身体の負担を減らす為、背を壁に預ける。必死に平常を装っているが、正直なところ非常にマズイ。  先程の毒薬。効果が薄れていくどころか、時間が経つに連れどんどん悪くなっていくよう。その証拠に、恐らく捕らわれる際に暴行された際の怪我が未だに治っていない。  手錠による傷も、ルシアの弾丸による傷も。普段なら瞬きの間で消えるような傷が、未だにじくじくと疼いている。 「……先程のダリアさんは、片っ端から吸血鬼を捕らえて売っていたようですが?」 「ああ、あいつらは原因の一端を担っていた。見た目は残念だったが、意外にやり手のハンターだったらしい。それで、やつらが何処に吸血鬼を売っているのかを特定したくてな」 「よりにもよって、ルシアくんに目を付けられるとは、運がない方々ですね」  やれやれ、とため息。先程の短機関銃といい、彼はどうも火力があって派手な銃火器を好む傾向がある。それらは持っているだけでも目立って仕方がないが、彼は元々『暗殺者』として隠密行動全般を生業としていた。  物心付いた頃からその身に知識と技術を全て叩き込まれ、今では僕が知り得る限りでは最も強く、美しく、気高い、悪魔となった。  誰ですか、彼に堕天使の名前を与えたのは。その通りに育ってしまったじゃないですか。 「……それで、どうして僕が撃たれなきゃならなかったんですか?」 「しつこいな。俺は、あの毒花がこの辺りを縄張りとしていると聞いたんだ。だから、周辺を調べていたら近くのビルに潜んでいた狙撃手を見つけてな。話を聞かせて貰って、さて帰ろうかと思った時に、派手な見た目の吸血鬼が間抜け面で歩いていた。更にお誂え向きに、麻酔弾が装填されたライフルがあったからな」  撃つしかないと思った。悪意を少しも隠さない綺麗な笑みに、最早言葉すら出ない。  要するに。狙撃手を痛めつけてから僕を見つけたルシアは、そこにあったライフルで僕を撃った。そして近くの建物に潜んでいたダリア達の行く先を観察し、のんびりとそちらへ向かい、安っぽい鍵を銃で破壊し乗り込んだのだ。 「えっと……自分で言うのも何ですが、囮にしたんですか?」 「というよりは、撒き餌だな」 「どうしてきみは、そうやって少しでも悪い方に言おうと……う、ぐっ」  視界が、大きく揺さぶられる。一瞬地震でも起きたのかと思ったが、ルシアの様子を見る限りは異変を感じているのは僕だけ。  足元の感覚、徐々に消え失せていく。ああ、これは非常に危ない。本当に具合が悪い。 「うぅ……気持ち、わる……」  激痛に身を捩り、無意識に右手で壁に縋る。少しでもラクな姿勢を取ろうとするも、ざらつく塗装を引っ掻くだけだった。  ――……が、この……。恐らく……が、裏で関わって……――  ルシアの声が、遠い。彼が何を話しているのか、もう理解出来ない。ただ、彼が軽機関銃を撃ちまくっただけでこんなにもご機嫌でいることから、わかることが一つだけあった。  それは、彼の大切な『弟』が今も尚息災であること。  それだけで、僕にとっては十分なのだ。 「…………かった」 「ん? 何か言った――」 「良かった……リヴェルくんが、あの子が元気で居て……くれ、て。それだけ、で……僕は……」  そんな、らしくもない言葉を唇から漏れてしまう。だが、それを誤魔化すことも出来ないまま、ずるずると膝から崩れ落ちてしまう。  もう、立てそうにもない。 「……おい、どうした?」 「…………」 「……黙っていないで、何とか言え!」  ルシアが、僕の名前を呼ぶ。それも、ジェズアルドではなく『本名』の方を。失礼な。その名前は、もう捨てたんですよ。そんな文句すら、もう言い返せなないまま。  僕の身体は、呆気なく意識を手放した――
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