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「何でもない。少々疲れが出たかな」
そう誤魔化した時、甲高い笑い声と共に若い娘たちがやって来た。
「ほら、見えてきた。ここが憩い池よ」
子供だけでなく年頃の娘も水遊びをするのかと思ったら、エスペランサと案内役の二人だった。すぐに気付かなかったのは、少年兵の装いだった王女がオレンジ色のワンピースと短いケープを着ていたからだ。怪我をした手首や足首には薬草が巻いてあったが、その上から色とりどりな糸の装飾品を付けて、首には木の実で作ったネックレスもかけている。結い上げた髪には大輪の赤い花が挿してあり、金の髪にそれはとてもよく映えた。
視線に気付いた王女がこちらを向いた。目の周りと頬に朱と黄の化粧をしている顔が綻ぶ。
「ブルームアではないか。そなたもここに来ていたのか」
明るい声だ。機嫌が良いのは案内役のおかげだろう。笑みには笑みを返した。
「これは奇遇なことだ。顔色がいいのは澄んだ空気のおかげかな」
「ふふ。確かに気分は良い。ここは初めて見るものばかりで心が踊る。そうだ、そなたもわたくしと一緒に色々見て回るのはどうだ」
「そうしたいところだが、私たちはもうここを離れなければならない。午後には兵員が来るらしい。彼らがあなたへの敬意を払える身分であればいいが」
「そうか。誰が来ても問題はない。この姿を見てわたくしが誰か分からないくらい目が悪かったら、ここには来られないであろう」
口の達者ぶりにブルームアは苦笑した。「それもそうだな」
そのとき、一人の少女が駆け寄ってきた。誰かを探すように周囲を見回して、ブルームアと目を合わせる。
「船長さん?」
「ああ、そうだが」
「アイリーン姉さんが呼んでる」
どこか切迫した声を聞いて、顔をしかめる。噂をすれば何とやら、もうゾルギア兵がやって来たのか。ボウマンの方を見れば、彼はまだ水の中だった。シーブルの手を握りながらブルームアを見ている。少女の声が聞こえていたのだろう、硬い表情で頷いた。
「すぐに行く。ご苦労だった」
少女にそう伝えるとブルームアはボウマンたちが岩に上がるのを手伝った。エスペランサに「失礼する」と告げ、幼子の手を握り足早に立ち去った。
小屋の前に着くと船乗りたちが集まって輪になっていた。事情を聞く間もなく急ぎで戻って来たのだろう。誰もが疑問と不安を浮かべている。
輪の中でアイリーンの姿を見つけた。隣にもうひとり女性が立っていたが、構わずに尋ねる。
「状況を教えてくれ」
「ああ。まだ全員戻っていないようだけど、いいでしょう。彼女はさっき戻ってきたばかりの見張り役だ」
アイリーンが横向くと、船乗りたちの目線が一斉に隣の女性に注がれる。そのひとははっきりとした口調で皆の耳に届くように言った。
「拿捕された帆船が港に入ってきたのを見た」
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