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離郷のとき
日差しが西に傾き始めた頃、二頭立ての馬車が集落の入り口で停まった。むき出しの荷台に乗っていた兵たちが浮かれ顔で下りてくる。忘れ物の制服が示すように彼らは軍内での階級が低く、二十歳そこそこの若さだった。
入り口は短槍を構えた女性二人とアイリーンが通せん坊をするかのように手を広げて立っていた。何度か訪れたことがあるのだろう、一番年上の男がアイリーンを見て威勢よく言う。
「いつもの視察だ。通せ」
「その前に、先客からあんたたちに話しがあるそうだ」
アイリーンが勇ましく返すと、相手は訝しげな顔になった。女性たちが槍を下ろして脇に退き、その向こうに立っていたエスペランサが進み出た。
細かな刺繍が散りばめられた長衣に着替えていた王女は、首や手足に木製の装飾をいくつも身に着けていた。顔は茶色の粉で覆い、目元のみ紅く塗っている。髪は色々とりどりの生花で一杯だ。この派手な格好はマール人女性の婚礼姿であるが、若いゾルギア人がそれを知るはずはない。
「だ、誰だ?」
「誰だとは無礼な。貴様が前にしているのはゾルギア国王女、エスペランサ・ディスタ殿下だ」
エスペランサの右後方に立ったブルームアが険しい声音を響かせると、兵たちは途端に身構えて目を見開いた。同じように色粉を付けたブルームアの顔をじろじろと見てくるが、日焼けまでは見破られないだろう。制服の上に腰丈まであるケープを羽織っているため、上着に縫い付けられた階級も見えない。
「こんなところに王女様がいるはずがない」
年上の男が真っ先に詰め寄った。その返事は想定済みと言わんばかりに、エスペランサが顎を上げて射るような視線を投げつけた。
「エルソルの装いをしているとは言え、そなた、わたくしの顔が分からぬのか」
「何だと、この小娘め」
男が気色ばむと、ブルームアは腰に手を伸ばした。そこに携帯しているはずの銃はないが、ケープの下で存在しているように見えただろう。相手の目が一瞬怯む。絶妙なタイミングでエスペランサが手を伸ばしてブルームアの動きを制したため、発砲は押し留まったと見せかけて空の手を脇に垂らした。
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