決行の夜

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「私は司令官を呼びに行ってくる。飲んでいてくれたまえ」  量の減っていないコップをテーブルに置くと、ブルームアは去り際に給仕たちへ目配せをした。それを受けた彼らはさりげなく退室する。  誰にも見咎められずに給仕全員が部屋を出ると、外で待ち構えていたブルームアが扉に手を伸ばした。 ――ガシャン。  重い鉄製の錠が掛けられた。それを見て、別の場所で待機していたマール人が樽の載った台車を運んで来る。水が満杯に入った重量樽だ。それを扉の前に並べると、閉鎖は完璧なものになった。  そんな外の様子に気付かない室内の士官たちは、来るはずのない司令官を待ちつつ談笑をこぼしていた。 「ううっ!」  突然一人が苦しみながら倒れる音がし、それがあちこちに起こり始める。 「毒だ、酒に毒が入っている!」  そう叫ばれる頃には、床に倒れ込む音が重なっていた。誰かが扉に駆けつけたが、固く閉ざされた扉は少しも動かない。出入り口は一つしかなく、例え効果が薄くて意識のある者がいても、ここから出てくることはないと言えた。 「艦長、これで本当に丸一日、大人しく寝ていてくれるのでしょうか」  不安そうに扉を見つめながら給仕が尋ねると、ブルームアは落ち着いた声で応えた。 「ああ。軍医のしびれ薬の配合は完璧だ。前もってこの身で試した」 「試したですって? そんな危険なことを?」 「彼らは私の部下だ。捕虜となった今でも、命を落とすようなことがあってはならない」  すると、別の給仕が首に巻いていたスカーフを取り、冷めた口調で呟いた。 「俺たちを虫けら扱いするような奴らだ。死んだって誰も困らないさ」  ブルームアは顔をしかめた。(あらわ)になった首の縫合痕が痛々しい。彼らは首にエラがあり、水中で呼吸が出来る。海に逃亡するのを防ぐためという理由から、海上勤務に就くマール人は首のエラを縫い合わされる。縫合痕は目にするゾルギア人が不快感を覚えるという理由で、彼らは首にスカーフを巻くことが義務付けられている。  エラはマール人の誇りだ。それを奪われるのがどれほどの屈辱かは、彼らにしか分からない。 「ゾルギア人の全てが悪いのではない。ここにいる彼らは、悪いことを止めようとする勇気がないだけだ。私はたまたまその機会を得られただけにすぎない」    給仕の顔から怒りが和らぐのを見て取ると、ブルームアはその場のマール人たちを見回した。 「分かってくれたのなら、行動に移ろう。この作戦は必ず成功させねばならない」
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