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占拠している状況であっても、部下に正しい知識を与えたくて、ブルームアは答えた。
「何かを要求するつもりはない。そもそも、応じてはもらえないと分かっているからこその行動だ。我々の目的は、今に分かる」
「普段なら許されない発言ですが、今は言わせていただきます。こんなことは止めてください。あいつらはともかく、艦長まで罰されてしまいます」
トリスはちらりとバトムに蔑視を送る。彼の世代はマール人を劣った存在として認識するよう教育されている。その方針に胸を痛めつつ、ブルームアは若い双眸に訴えた。
「マール人はかつてゾルギア国の友だった。約二十年前まで、マール人の故郷であるエルソル共和国とゾルギア国は友好的に貿易も行われていたのだ。
それが一変したのは、ヴァルダム王が王座に就いてからだ。王は、魚のように水中を自在に泳げるマール人の能力は脅威だと考えられた。いつしかマール人がのさばり、それはゾルギア国にまで影響を及ぼすだろうと。王の側に仕える大臣も長官も、誰もそれに異を唱えなかったために、エルソルは侵略されたのだ」
「国王のなさることは絶対です。脅威のためなら、正しい行為と言えるのではないですか」
トリスの目は本気でそう思っていると伝えていた。まだどこか少年のあどけなさを残した相貌と同じように、思考にも柔軟さがあると信じて、言葉を継いだ。
「君の目には彼らが脅威な存在に映るのか? 脅威など存在しない。良き隣人であったマール人はただ一方的に虐げられた、それだけだ」
トリスが黙したため、その言葉が若い士官の心に届いたかは分からなかった。
分かっているのは、ポートベイ艦隊との距離が縮まり、エルドラド号の射程に達していることだ。そろそろ動き出さないと後続のゾルギア艦が疑いを持ち始めるだろう。
ブルームアは窓越しに立ち、上甲板に目を向けた。艦首に立つマール人に向けて片手を上げると、彼はポートベイ艦隊に向けて手旗信号を送る。
――エルソル共和国は、あなたたちに味方する。
そう合図を送ったのを、ブルームアは目視で確認した。事前に知られてしまうことを恐れ、ポートベイとは一切やり取りをしていない。信号を受けた今は混乱していても、今後の動きを見て理解してもらえる確信があった。
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