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「進行方向に艦が集まってきます」
「このまま前進」
その命令に皆の顔が引き締まった。前面を見れば分かる。通り抜ける余裕はなく、どれかの艦に衝突するのは避けられない。衝突すれば双方の艦に重大な損傷、そして死人が大勢出るのは必至である。相手が敵ならばいざ知らず、味方にそれを望む者などいない。
この状況を変えられるのはポートベイ艦隊であったが、援護の動きはない。成り行きを見守るように後方で待機しているだけだ。
ブルームアだけは全く動じていなかった。相手の主砲が攻撃してくれと言わんばかりに間近で居並んでいるのだ。目的達成のためには取り囲まれて好都合とさえ考えていた。
エルドラド号は弾を撃ち尽くす勢いで攻撃を続ける。まるで霧の中にいるかのように視界が白煙に包まれ、衝撃や反動で艦が小刻みに振動し続ける。それでも攻撃の手を緩めない。相手の砲を破壊し尽くすまでは。
かつてエルソル共和国がゾルギア国に侵略されたとき、マール人は戦わずして降伏した。軍事力すら持たない小さな島国に抗う力はなかった。それにもかかわらず殺戮は行われた。十三歳以下の子供だけは生存を許されたが、それは慈悲と呼べるようなものではなかった。今後子孫を残せないよう、女児を島に残し、男児は奴隷としてゾルギアへと送られて、男女を引き離したのだ。
奴隷となった少年たちは過酷な生活を強いられた。家畜と同列か、それ以下の扱いだった。家主によって待遇は違ったが、働かされ続け、病気や怪我で役に立たなくなると最後は道端に捨てられる。
虐げは常に胸の内で葛藤を生み、生きることは闘い続けることだった。彼らには鋼の精神が宿っている。
そのマール人がゾルギアに対する攻撃を無感情に行えるはずがない。砲撃に報復の念を込めているであろうことを、ブルームアは知っている。
それを示すように、すぐ隣で操砲していた仲間が攻撃に巻き込まれて倒れても、自らの手元は発砲し続けている。それは命令だからではなく、マール人の主張であり、怒りなのだ。
マール人砲塔長は額から血を流しながら叫ぶ。
「倒れるな! 斉射し続けろ!」
近距離の砲撃合戦は相手の命中率も上げた。エルドラド号の艦首の砲塔が爆破され、大きな黒煙が上がる。消化班が慌てて駆けていく。
艦橋内の乗員たちは揺れによろめきながら、煙が薄らいだ瞬間の、居並ぶ艦を目前に見た。
衝突すると思わせはしても、ブルームアにそのつもりはない。頭の中でマール人機関長のボウマンの顔を思い浮かべ、声を張り上げる。
「全速後進、急げ!」
すぐさま命令が伝えられ、操舵室では金属製ハンドルが手前に引かれ、機関室では回転していた巨大なエンジン・シャフトが停止、みるまに逆回転を始めた。
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