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船はスクリューが止まっても惰力で前進する。全速後進はスクリューを逆回転させ、後退をかけることで前進を止める方法である。これを可能な限り素早く成功させる技術がゾルギア国にはあり、ボウマンはその操作に長けている。
次第に速度が落ち、相手艦首にぶつかるぎりぎりの所で前進が止まる。主砲を破壊されたゾルギア艦は、副砲で狂ったように攻撃をしかけてくる。砲への被弾さえなければ、上甲板や装甲が損傷する程度で留まり、爆発は起きない。ただ、砲員の数だけが減っていく。
後退をかけながら、ブルームアは目視と望遠鏡で周囲を仔細に眺めた。早く砲員を退避させてやりたい気持ちと、目的最優先の板挟みにあいながら目を凝らす。
そこにはマール人たちが完遂した証があった。相手側の主砲はほぼ全て沈黙し、副砲も多くが潰れている。それは、どんな愚将であってもこの後ポートベイ侵略に挑むことはない状況と言えた。
「艦内に連絡、攻撃停止だ。戦闘位置から退避せよ」
それを伝える操作員の顔に安堵の色が浮かんだ。ブルームアも同じ思いではあったが、気を緩めることなく通信士に向いて命じる。
「全艦に連絡。捕虜を解放する、攻撃を停止せよ」
繰り返し連絡するとゾルギア勢からの攻撃が止んだ。どの艦も砲は爆破されている。黒煙を吐きながら、エルドラド号を睨むように佇んでいた。
平常を取り戻した艦橋内で、誰かがぽつりとこぼした。
「これだけの攻撃を受けて沈まないとは……」
艦砲以外の被害は、二本ある煙突のうち一本が折れ、艦載の短艇が幾つか粉々になり、上甲板への直撃弾でその下に位置する兵員部屋が所々破壊されただけだ。艦殻の防御力の高さを聞いていたブルームアでさえ、ここまで頑強とは思っておらず、言葉も出なかった。
静寂を破るように、ブリンガー号から入った連絡が読み上げられる。
「ブルームア艦長及びマール人は投降せよ。命だけは助ける」
命が助かるかどうかは問題ではない。まだ目的が済んでいないブルームアは拒否の返事を送るよう命じ、その場の連絡員に向けて言った。
「長い間ご苦労だった。君たちは退艦だ」
疲れた顔でのろのろと艦橋を出ていく士官たち。その中の一人がブルームアの前で立ち止まり、悲しげな顔で言った。
「トリスは士官学校からの友でした。こんなことになって痛恨の極みです」
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