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【ひみつを食べる子ども・チャック】
チャックは、ひみつが大好きな、ぽっちゃりとした子どもです。
町中で見つけたひみつはどれもごちそうなので、我慢できずにパクっと食べてしまいます。
ひみつというものは、たいへんおいしいものです。
お腹にとどまっている間は、パン屋の奥さんからほろ苦いチョコレートパンをもらったり、精肉屋の店主からは、ミートコロッケをもらったりできるのですから。
ですが、ひみつは、一度でも口から出ていくと、汚物のようにまずくもなるのです。
チャックは、ひみつが出ていかないように、自分の口に、黒いペンで、縦に1111と書きました。
それはまるでお口にチャックをしたように見えるのです。
ただ、これは見た目が悪く、ひみつを誰かに言えないはがゆさで、ムズムズするのです。
チャックは、お腹がすくと、いつものようにパン屋に向かいます。
とても大人気のパン屋です。
蟻の行列が出来ています。
みんな、長い時間立ちっぱなしなのでしょう。
足は棒のようです。
チャックは、それを見て鼻で笑います。
そんなに並ばず、お金を払わなくても、パンは食べられるのに、と。
チャックは、パン屋の裏に回ると、リズムよく扉を叩きます。
さあ、開けろ、このうそつきパン屋。
開けなきゃ、味オンチの客に、カビの生えたパンをグリーンパンとして売っている事をばらしちゃうぞ。
チャックの声を聞いて、パン屋の奥さんがあわてて出てきます。
パン屋の奥さんは、困り顔。
チャック、その事はひみつのはずでしょ。
ならばと、手を差し出すチャックに、パン屋の奥さんは、「口止め料」として、チャックの好きなほろ苦いチョコレートパンを詰めた袋を手渡します。
チャックは、袋を開けると、ほろ苦いチョコレートパンを口に入れて、お口をチャックしました。
ですが、これだけでは、満腹にはなりません。
チャックは、パン屋の奥さんに、また来ることを指切りすると、次は精肉屋に向かいます。
精肉屋へと続く道を歩いていると、揚げたてのミートコロッケを歩きながら食べている子どもや、精肉屋の袋をさげた奥さんたちとすれ違います。
みんな、あの精肉屋からの帰りなのでしょう。
手にさげた袋や、コロッケを挟む紙には、精肉屋のはんこが押されています。
この精肉屋で大人気は、揚げたてのミートコロッケです。
もちろん、高級品のお肉も、舌の肥えた大人たちには大人気です。
ですが、高級品のお肉は、値段がお高め。
食べたくても、チャックのポケットの中身を引っ張り出しても、何も出てきません。
ですが、大丈夫。
チャックは、精肉屋の裏に回ると、リズムよく、扉を叩きます。
さぁ、開けろ、このうそつき精肉屋。
開けなきゃ、にほんあしのどうぶつの肉を売っている事をばらしちゃうぞ。
チャックの声を聞いて、精肉屋の店主があわてて出てきます。
精肉屋の店主は、苦笑い。
チャック、それは言わない約束だろ。
ならばと、手を差し出すチャックに精肉屋の店主は、口止め料として、チャックの大好きなミートコロッケの入った袋を手渡します。
チャックは、あつあつのコロッケにかぶりつくと、あちちと舌を火傷しました。
刺激が強すぎたのかもしれません。
息をふーふーと吹き掛けて、食べ頃になれば、このひみつも食べてお口はチャックです。
もう満腹です。
チャックは、右手にパンの袋を持ち、左手には、精肉屋の袋をさげて、家へ帰ります。
帰る途中、電柱に貼られた迷子の紙を見つけました。
誰かが、となり町に住むスチールちゃんという名前の白い犬をさがしているようです。
貼り紙には、赤い首輪の耳のぺたんと垂れたつぶらな瞳の犬の絵が描かれています。
それを見たチャックの敏感な鼻が反応します。
クンクン、これは新しいひみつのにおいです。
もう満腹のはずですが、お腹の中の呼び鈴が鳴っています。
チャックは、犬のように鼻をクンクンとさせて、町中を散歩して、オープンしたばかりのペットショップを見つけました。
このペットショップでは、たくさんの生き物がお安く買えるようです。
安く買えるという事は仕入れの仕方に何かひみつがあるのでしょう。
チャックは、ペットショップに入ると、よくお喋りをする鳥や、元気のないネコたちを見ながら、奥のケージに五匹の犬を見つけました。
その一匹が、首輪はしていませんが先ほどの迷子の犬に似ているのです。
チャックは、試しにその犬たちに向かって「スチール」と呼びます。
すると、その中の一匹が反応してチャックの方に振り返り、前足をケージの上にかけます。
チャックは、その犬の頭をなでると、ペットショップのカウンターの中にいるおじさんに訊きました。
この白い耳の垂れた子は、となり町に住むスチールでしょ?
ペットショップのおじさんは、とぼけます。
ならばと、チャックは、ここへスチールの家族を連れてくると言います。
これには、ペットショップのおじさんは頭を抱えます。
チャックは、更に攻めます。
他のどうぶつたちも誘拐してきてるんじゃない?
この子も、あの子も。
ペットショップのおじさんは、ついに、白状しました。
いつも飼い主の隙を見て、ペットを誘拐して売っている事を…。
頼むからこの事はふたりだけのひみつにしておくれよ。
チャックは、ニヤリとします。
ならばと、手を差し出し、このひみつを食べてやる代わりに、何か食べ物をちょうだいと言い出します。
ペットショップのおじさんは、何かないかと辺りを見回して、見つけたビーフジャーキを口止め料として手渡しました。
チャックは、もらったビーフジャーキを見て、これはうまそうだと大口で噛みつきます。
あーむ。
ですが、かたい。
なかなかかみきれず、飲み込めません。
これは、厄介でおおきなひみつのようです。
チャックは、あたらしいひみつを食べてお口をチャックします。
それからもお腹が空けば、ほろ苦いチョコレートパンを食べて、
またお腹が空けば、ミートコロッケを食べて、
またまたお腹が空けば、ビーフジャーキを食べて、お口をチャックする日々。
満腹のチャックは、家のソファーでふんぞり返っていました。
月がパンケーキのようにかじられた日。
チャックの家に、二人の刑事がやって来ました。
扉が開く前に、チャックはソファーから急いで降りて、別の部屋に隠れます。
扉の隙間からそっと見ると、刑事と両親がなにやら話を始めて、食卓にはコーヒーと、お砂糖が出されました。
刑事は、それを砂糖なしで一口飲みます。
チャックは、それをくしゃっとした顔で見ています。
話を聞いていると、どうやら刑事は人をさがしているようです。
食卓には、刑事の手で行方不明になった逞しい男性や、舌をペロッと出した美女の写真が並べられます。
両親には、見覚えのない顔ばかりですが、チャックには心当たりがあります。
刑事は、扉の隙間から覗いていたチャックと眼が合うと、この人たちの事を見たことないかなと、写真を見せて優しく訊きます。
チャックは、写真をじっと見ます。
どの顔も見覚えはありませんが、いなくなった人たちがどこに消えたかは知っています。
糧となったのです。
ですが、これはチャックと精肉屋の店主とのひみつ。
あの精肉屋の店主がにほんあしのどうぶつの肉をさばいてカニバルたちの食卓に並べているなんて絶対に言えません。
一度でもひみつを吐き出すと、精肉屋の店主からミートコロッケがもらえなくなるのです。
チャックは、首を横に振ります。
刑事が聞き込みを終えて、家から出ていきます。
その様子を物陰からじっと見ている、ひとりの大人がいました。
チャックは、今日もいつものようにお腹が空くと、パン屋の奥さんからほろ苦いチョコレートパンをもらい、精肉屋へ向かおうとします。
ですが、この日は足取りが重く、ひみつがばれそうな精肉屋よりも、まだひみつがばれていないペットショップへ向かいました。
ペットショップの扉をリズムよく叩きます。
さぁ、開けろ、このうそつきペットショップ。
開けなきゃ、誘拐してきたペットを売っている事をばらしちゃうぞ。
チャックの声を聞いて、ペットショップのおじさんが出てきます。
ペットショップのおじさんは、笑顔でチャックの肩に手をかけて店の奥へと誘います。
チャック、 ちゃんとひみつを守れているかい。
チャックは、首を縦に振ります。
そうか、チャックはひみつが大好きだもんな。
ひみつというものは、たいへんおいしいものだろう。
お腹にとどまっている間は、ひみつの数だけ、おいしいものが食べられる。
だが、一度でも口から出ていくと汚物のようにまずくもなる。
ひみつが出ていかない体になれば、お前はどれだけしあわせになれるか。
チャックは、店の奥でペットショップのおじさんに、どうすればひみつが出ていかないように出来るのかを相談します。
ペットショップのおじさんは、店の奥のカウンターの上に準備していた刃物のように固そうなビーフジャーキを手に取って、このひみつを食べてしまえば、ひみつが出ていかない体になる、と教えてくれました。
チャックは、手渡されたビーフジャーキにかぶりつくと、ひみつを食べてお口をチャックします。
ペットショップのおじさんは、チャックへ試しにひみつを叫ぶように言います。
ですが、その叫びは誰にも聞こえないようです。
チャックは、飛んで喜びます。
ひみつが出ていかない体になったという事は、ひみつの食べ放題です。
チャックは、ペットショップのおじさんにありがとうと言うと、元気よく、ペットショップから飛び出しました。
町中を散歩していると、あの刑事のふたりとすれ違います。
ですが、刑事はチャックの事に気付きません。
チャックは、人差し指を口に当て、笑顔で人ごみの中へ消えていきました。
月がパンケーキのようにかじられた日。
両親は、チャックにごちそうを作ります。
チャックは、たくさんのおいしいものが食べられる、
しあわせな子どもでした。
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