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「ただいまー」
「あ、おかえりー」
颯真の住むフロアでエレベータから降りた時から鼻をくすぐっていた美味しそうな香りのもとは、颯真の家だったらしい。ドアを開けたら食欲をそそるソースの香りに包まれて、おなかがキュウッと切なく鳴いた。
「すーごいイイ匂いだね! 廊下にいる時から、どこの家だろって思ってた」
「そっか」
手を洗いながら告げたら、テヘヘと照れ臭そうに笑った颯真が、向こうで待ってるね、とソワソワした様子でリビングに走っていく。いつもなら手を洗っている間中まとわりついて何かを話しているはずなのに変だなと思いながら後ろ姿を見送ったら、手洗いとうがいを終えて自分も後に続く。
いつもは開けっぱなしのリビングのドアが閉まっていて、なんだ? と思いながらドアを開ければ──
「……わぁ……すっごいね……!!」
ホットプレートが置かれた机。湯気を上げるお好み焼きと焼きそば。そして恐らくはカキ氷器であろう可愛いシロクマさんが床の上でスタンバイしていた。
「どうしたの、これ?」
「お祭り、行けなかったしさ。……今年も行こうって約束してたから」
「ぁ……」
「行けないけど、せめてこう……気分だけでもって思って」
「そうま……」
「さ、食べよ! オレも作ってる最中からもう、お腹空いちゃって空いちゃって」
「……うん!」
座って座ってと急かされて、鞄をぽいっと投げ捨てていつもの場所に座る。
手を合わせていつものように揃った「いただきます」の声は、いつもよりうんと弾んでいた。
前に渉が、稔のお好み焼きは世界一だか日本一だか言っていたような気がするけれど、司にも大好評だった。小食なはずの司がいつもよりたくさん食べて楽しそうに笑っていて、こっちまで嬉しくてつられるようにたくさん食べた。前にみんなでお好み焼きパーティーをした時の味には叶わないような気はしたけれど、それは経験値の差ということにしておく。
作っておいた氷でかき氷も作って半分こにして、花火はネットで探した動画で代用する。2人でスマホの小さな画面を覗き込みながら、去年は凄かったね、綺麗だったねと笑い合っていたら、そろそろいい時間だ。
今も世間を賑わせている例のウィルス騒動が起きてから、司は家に来はするものの夜には自宅に帰っていく。時期が時期だけにあまり親に心配をかけないようにと、淋しそうに帰っていく司を「泊まっていきなよ」と強引に引き止めるのも気が引けて、せめて明るく見送るようにしていたのが最近の習慣だ。
「…………あの……」
「ん?」
今日の見送りはいつもよりも淋しいんだろうなと、こっそり思っていた時だった。
「あのさ……その……。きょう、さ……とっ、……とまっ、て……も、い?」
「ぇ?」
「ぁのっ……迷惑っ、だったらかぇ」
「迷惑なわけないから!! 泊まってってくれるなら、めちゃくちゃ嬉しいから!!」
緊張で声を引っくり返して、顔どころか耳や首まで真っ赤に染めてワタワタと言い募ろうとした司の言葉を、自分でも驚くような大声で遮ってから我に返る。
ポカンとした司の真っ赤な顔と、同じように熱い自分の顔。きっと司と同じくらい赤くなっているんだろうなと思ったら、恥ずかしすぎて居ても立っても居られずに誤魔化すみたいに司を抱きしめる。
「……あの。……オレもさ、……ずっと、我慢してたんだ。……泊まっていってって、ホントはずっと言いたかった」
「ん……ごめんね、ずっと」
「ううん……」
「ごめんね、我慢させて。……でも、言わないでいてくれて、ありがと」
「ん」
しばらくぎゅっと司を抱きしめていたものの、いつまで経っても顔の熱が引いてくれない。誤魔化すはずだったのに、このままでは赤い顔に気付かれそうだと、勢いよく体を離してオタオタと立ち上がる。
「あのっ……オレ! っ、シャワー! 先にシャワーしてくんね!」
「ぁ……、うん。わかった」
(──って、なんかこれ、すげぇかっこ悪いやつ!)
めっちゃがっついてるみたいじゃん! と内心落ち込みながら、なるべく司の方を見ないでタンスに走る。
ちょくちょく顔を合わせるようになって、ヤることヤッてるのに。久しぶりに泊まっていってくれるくらいのことで、何をそんなに舞い上がって興奮してるんだよと情けない気持ちを噛んでいたら。
「…………そうま」
「っ!? 何?」
「あの……その……オレも……その、ぇと……」
もぐもぐと言いよどむ司が、座っていた姿勢から四つん這いになってニジニジとこちらにやって来る。
「オレもね……その……すごく、きんちょう、してる。……でもね、すごく嬉しい」
「……つかさ?」
「だから……颯真だけじゃないよ。……きっと、オレも颯真と同じ気持ちだと思ってる」
「……ん。ありがと、司」
おかげでちょっと落ち着いたよと照れ臭く笑ったら、司もにこりと笑い返してくれた。
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