あの日の約束

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あの日の約束

「あのさ……すごい前にさ、お好み焼きの作り方教えてくれるって言ってたの、覚えてる?」  思い立ったが吉日の勢いで料理上手な友人にオンライン通話を繋いで、久しぶりの挨拶もそこそこに本題を切り出す。 『あぁ? ……あ~……なんかそんな話したなぁ。どないした急に』 「今教えてって言ったら、教えてくれる?」 『はぁ? そらまぁ、構へんけど……なんや、なんかあったんか?』 「ん……ちょっとね」 『……ははぁん? カワイイカワイイ恋人になんぞやらかしてもうたんか? 仲直りのための食事がお好み焼きとは色気のないやっちゃな』 「ちっがうよ! 心配してもらわなくても仲良くやってます~」 『さよか』  ケケケッと笑った稔がすぐに真顔に戻って、フムと画面の向こうで首を傾げた。 『とはいえ、教える言うたもんの……いっつもテキトーに作っとるからなぁ……どない言うたらえぇやろな……』 「テキトーって?」 『粉入れて水入れて、山芋擂ってキャベツ入れて青ネギ入れる』 「え? 分量は?」 『だからテキトーやって』 「……」 『いや、マジで。嘘(ちゃ)うで? テキトーに粉入れるやん? で、えぇ感じの固さになるまで水入れるやん? ほんで山芋は大体カットして売ってあるからそれを全部入れて。キャベツ千切りして入れて、青ネギは別にカットネギでもえぇんやけど……ほんで、最後焼く前に卵混ぜる』 「……。……」  天かす入れても美味いで、と付け足して稔が笑う。それ以上待っても、稔は何も言葉を足してくれない。 「…………ほんとに、粉の量とかは……」 『計ったことない。目分量っちゅうやっちゃな』 「めぶんりょう……」  きっぱり言い切られて、それ料理得意な人がよく言うヤツ! と、途方に暮れていたら 『あ~! やっぱり颯真じゃん! 稔だけ喋るとかずりぃぞっ!』 「ぇ、……渉……?」 『っあ、やべっ? あれ? これ、やべぇやつ? お前、颯真には言ったって……?』 『言うたよ』 『ぇ? でも、颯真……?』 「あはは、ごめんごめん。ちゃんと聞いてる。一緒に住んでるんでしょ?」 『あーもう焦ったぁ』 「ごめんごめん、あんまり元気に登場するからびっくりして」 『なんだよなぁ。せーっかくイイこと思いついたのにさぁ』 「いいこと?」  なんや嫌な予感しかせんな、と画面の端に追いやられたままの稔が眉を寄せたのと同時に、渉がドンと胸を張った。 『今日のオレらの晩飯を、お好み焼きにすればいいんだよ! そしたら分量もわかるし、オレもお好み焼き食えるし!』 『…………そんなことやろ思た……』 『いいじゃんなんで? これで稔のお好み焼きのレシピが後世に残るんだぜ? 人類の役に立ったと思う! いいこと言ったなぁ、オレ』  すっかりいい気分になって悦に入っている渉とは対照的に、何を大袈裟な、と口をへの字にする稔の頬は、恋人からの嬉しい言葉に照れているのだろうか薄っすらと赤い。 「でもいいの、そんな急に……」 『ぇ? いいだろ? ダメか? お好み焼き食いてぇオレ』 『あー、……もう、構へん構へん。こうなったらお好み焼きにせんとコイツがウルサイ』 『うるさいってなんだよー、いいアイディアだろー?』  不貞腐れたように唇を尖らせた渉の頭を、いなすようにワシワシと撫でた稔がこっちに向き直って。 『材料買うてくるし、また後で連絡でえぇか?』 「あ、うん。オレも今から材料買いに出るよ。何がどのくらいいるの?」 『んん? なんや、今日食わすんか。コテやら持っとるんか?』 「コテって、お好み焼きひっくり返すやつ? ……フライ返しなら1個あるけど……」 『1個やと返す時に崩れるかもしれんから、フライ返しもう1個買うか、コテ買うかしといた方がえぇな』  後は……、と続けた稔に伝えられるままに材料をメモして、じゃあまた後でと通話を切る。 「フライ返しって……100均で売ってたっけなぁ?」  想定外に増えた調理器具を買えそうな場所を思い浮かべながら、エコバックと財布片手にバタバタと家を出た。 『今年はお祭り行けなかったね』  司が淋しそうに呟いたのは、テレビで去年の花火の映像を眺めていた時のことだった。  その時はそうだねと同意することしか出来なかったけれど、出来ることはないだろうかと頭をフル回転させて。せめてお祭りの雰囲気だけでも味わえたらと思って稔に連絡を取ったのだ。  あの時、約束通りに買って食べたお好み焼きと焼きそば。リンゴ飴はさすがに無理でも、せめてかき氷。──お祭りを連想できる食べ物で、せめて家の中でもお祭りに行ったような気持ちにさせてあげられたら──。  夏祭りは、自分達2人にとって大事にしたい行事のひとつだ。  あの日の花火が司を救ってくれて、初めて司から未来の約束をしてくれた。「ずっと」みたいなぼんやりした約束じゃない──「来年」の約束。  世界的に大変な時代になってしまったとしても、恋人との大事な約束を、出来ることなら叶えたい。  かき氷器はとにかく手当たり次第に店を周って価格調査して、結局ネットで買って先日無事に届いた。シロップも買って、試作を兼ねて味見もしてある。  司のバイト先も様子見しながら営業を再開したとかで、今日はバイト終わりに家に来てくれることになっている。  そして、たまたま今日は自分のバイトが休みで、やるなら今日しかないと思い立ったのだ。  材料を買うついでに、結局雰囲気重視でコテを2本買ってきた。細かな分量と作り方もさっき稔から送られてきたところだ。 「よしっ」  丁寧に手を洗って、気合いを入れてエプロンを身に着けた。  *****
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