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夜の10時を廻った頃に櫂は帰ってきた。
「お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
上着を脱ぐのを手伝う。それをハンガーに掛けて軽くブラシでホコリを払った。
「何か食べて来た?」
「ああ適当に。風呂入ってくる」
「お酒呑んでないの?大丈夫?」
「最初の一杯のビールだけだ。あとはウーロン茶を飲んでいた」
一緒に呑んで楽しい連中って訳じゃ無いからという。そのままお風呂に入って行った。
今日も勉強するのかな、明日は日曜日だから少しはのんびりして欲しいのに。
櫂…いつもこんなに頑張っているのに。
「洸、どうした?」
「え?」
いけない、ちょっとぼんやりしてた。櫂がもうお風呂から出ていた。
広げたタオルを頭に載せたまま上半身は裸だ。まだ濡れている髪を拭いている。
「具合悪いなら言えよ、無理はするな。もう寝ろ」
心配そうに顔を覗きこまれた。私の頬に触れてくる。
「うん大丈夫、なんでもないよ」
その手に自分の手を重ねた。湯上りのせいかいつもにまして温かい櫂の手だ。
ダメだ、やっぱり私が言おう。こんな大事な事、知った以上は私が櫂に伝えなきゃ…!
「あのね、櫂」
「ん?」
「櫂の…弟の小さなカイくんが」
「!?」
私はさっき、お母ちゃんに電話で聞いたばかりの事を櫂に一生懸命に伝えた。
小さなカイくんが今大変な病気になっている事、その事でカイの父親から櫂に連絡が入っていることも。
私の話を聞き終えた櫂は、無言で私の頭に手を置いて裸の胸に抱き寄せた。
「分かったから泣きそうな顔をするな」
泣いてないよ、私がこの事で泣いちゃう訳にはいかない。しんどいのは櫂だ。
「時任さんから連絡が来るまで黙っていようとかは思わなかったんだな」
「だって約束してるもの。櫂には隠し事しないし、櫂が辛くなるってわかっていることを他人任せには出来ないよ」
「俺は平気だよ」
「嘘だ」
顔を上げて櫂の首に抱きつく。
「私にまで強がらないで」
「洸」
抱きついた腕に力を入れる。
これは私の夫だ。大事な夫が辛い事は一緒にそれを分かち合うんだ。
「ありがとな」
櫂も抱き締め返してくれた。
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