長い夜のその前に

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僕は窓にへばりつくようにして、黄金色に染まる街を眺めていた。太陽はすでに西の大地に沈んでいた。いつもは多くの人が賑わう大通りも、今は誰もいない。 長かった昼が終わろうとしていた。十二週間の昼の後は、十二週間の夜がやってくる。人間達は皆、長い長い眠りにつき、次の昼までのエネルギーをためるのだ。 ゴオオンと空気を震わす低い音が街中に響く。薄命時間の終わりを告げる、街で一番大きなタイムベルの音だ。続いて五回の鐘の音が鳴った。六点鐘だ。 三十分ごとに一つずつ増える鐘の音、八点鐘が鳴る時、太陽が残した光も完全に消えて夜が訪れる。六点鐘ということは、薄命時間が終わるまで一時間だ。 「こら、光一。寝る準備をしなさい」 振り向くと、部屋のドアの前にはパジャマ姿のお父さんが立っていた。お父さんが来ているパジャマは、この日のために買ったもので、濃い青色がお父さんに似合っていた。 「もうちょっとだけ、外を見ていたいの」 「のんびりしてたら真っ暗になるぞ」 「だって、この景色を次に見るのは十二週間後なんだよ。じっくり見させてよ」 僕の言葉にお父さんは、大きなため息をつく。 「しょうがないなあ。あと少しだけだぞ」 「ありがとう。お父さん」 僕はまた、視線を窓の外へと向ける。すると、いつの間にか隣にお父さんがいた。 「きれいな景色だなあ」 僕はお父さんの横顔に目をやる。お父さんの大きな瞳は、きらきらと輝いていた。 「うん。僕もそう思う」 しばらく沈黙が続いた後、お父さんは「知ってるか」と独り言みたいに呟いた。 「.はるか昔の地球はな、昼は十二時間しかなかったんだぞ」 「十二時間?」 「ああ。そうだ。昼も夜も十二時間しかなかったんだ。毎日、昼と夜が交互に一回ずつやってくるんだ」 「うそだあ。そんなの信じられない。昼も夜もそんなに短いわけないよ」 「本当だって。その時代の人間は、一日一回睡眠をしていたんだ」 十二時間しか日が差さない世界、僕は想像してみようとするが、うまく思い浮かばなかった。昼はきっちり十二週間、それを疑うことなんて今までなかった。 「もし昼が十二時間しかないなら、遊ぶ暇もないよ。目が覚めたと思ったら、すぐに寝ないといけないもんね」 「んん。どうだろうな。まあでも、この夕暮れの景色を毎日見ることができると思うと、素敵じゃないかな」 僕はもう一度、窓の外を見る。夕焼け空に照らされて、燃えるような色をしている街並み、一生のうちに数えるほどしか味わえない光景だ。 「うん。それは、そうかもね」 毎日この景色を見る、それは幸せなことかもしれない。しかし、たまに見るからこそ、この感動がこみ上げるんじゃないかなとも思ったりする。 「じゃあ、先に寝室に行ってるからな」 お父さんは立ち上がり、部屋を出ていく。ドアが寂しげな音を立てて閉まった。 一人になったところで、僕はまた外の景色を見る。東の方から紺色の空がじわじわと広がっていた。今回はどんな夢を見るだろうか。僕の頭の中は、眠った後の世界のことでいっぱいだった。 静かな街に、再び鐘の音が鳴り響いた。きっちり七回、間もなく夜がやってくる。僕は暗くなり始めた空を見上げる。そのてっぺんには、小さな小さな一番星がきらめいていた。
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