1・新生活

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1・新生活

「この度はご愁傷様でした・・・」  深々と頭を下げる人々に返す仕草も徐々に機械的になっていくものなのだなと涼香(すずか)は思った。夫真司(しんじ)の葬儀はまるで他人事のように慌ただしく済んでしまった。これからどんな生活が待ち受けているのだろうか。今までの職場では何か周囲に同情を誘っているようで居辛く感じていた。いっそ心機一転今のマンションを売り払って引っ越しをしようかなどと考えていた。  夫の死が現実であると受け入れることができない。ただ漠然と「生活」という重い積み荷を引き摺りながら前へ進もうともがいている。今の涼香にはそれだけが頭の中を駆け巡っていた。悲しみに暮れる余裕さえなかったのだった。いや、真司の死を受け入れてしまうと栓を抜いたようにそこから全てが零れ出てしまいそうな気がしていた。自分が壊れてしまいそうな想いを否定していたのだった。  そして雑誌記者であった夫を襲った人間がまだ逮捕もされていない。自分も狙われているのではという恐怖も大きかった。一体真司は何を取材していたのだろうか。それが原因だったのか。夫の同僚、上司に聞いてもハッキリと答えてくれない。それが答えなのだろうか。警察も「捜査中です」の一点張りだ。身内であるはずの自分にさえ情報が何も流れて来ない。まるで蚊帳の外のような扱いだった。  約1ヶ月半後。四十九日を済ませた涼香はこれまで暮らしていた大田区を出て小さな賃貸マンションへ引っ越していた。経済的に不安だった涼香は新居だったマンションを売ったのだった。残ったローンはその売却益と真司の保険金で支払うことができた。  新宿区東側のとある町。繁華街、歓楽街のイメージが強い新宿だがそれは歌舞伎町や駅周辺のイメージであって東部に広がったエリアは下町情緒溢れる小さな町や、住宅街が寄せ集められた居住区でもある。涼香は自分のことを知る人のいない、なるべく賑やかな都心に近い場所に移りたかった。古いマンションだがそれなりに改装されている。ちょうどいい物件を見つけることができて満足していた。
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