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虚偽のなかの真実または(以下略)
鈴鴨通りは奇妙な道だ。片側2車線、交通量の多いこの幹線道路は、車で走り抜けるぶんには普通の道路と変わりない。だが、いざ歩いてみると、その特異さになんとも言えない感覚に陥る事になる。
道路の東側は、高層ビルの建ち並ぶオフィス街。パリッとしたスーツに身を包んだエリートビジネスマンたちが颯爽と歩く、綺麗でお洒落な街並みだ。
一方、道路を隔てた西側はというと、寂れた飲み屋が軒を連ねる、薄暗くて妖しい迷路のような一画が広がっている。
もちろん、エリートたちは会社帰りにも足を踏み入れたりしない。集まってくるのは、社会の底辺で這いつくばって生きてるような者と、そうした者たちを食い物にするような輩ばかりだ。人々はこの一画を、皮肉を込めて「楽園」と呼ぶ。
そのパラディソに入り浸っている俺はもちろん前者だ。日雇い労働で得たカネで酔いつぶれ、カネが尽きればまた日雇いで稼ぐ。決まった寝床もない。そんな生活をもう半年くらい続けている。最初の1ヵ月はいろんなヤツに騙されたりもしたが、3ヶ月も過ぎればうまくかわせるようになる──と、油断していたのかもしれない。
パラディソをうろつくようになって半年たった9月、夏の蒸し暑さから解放されて、カラリと爽やかな空気に包み込まれたある日、俺は、俺たちを食い物にしようとする輩に捕まり、安酒をさんざん呑まされた挙げ句、それをすべて吐き散らかすほど殴られ、カネを巻き上げられ、打ち捨てられた。
あとほんの2、3メートル行けば鈴鴨通りだが、今の俺にはとても遠かった。吐物と生ゴミにまみれた路地でふと空を見上げると、高層ビル群のきらびやかな光が滲んで見えた。
夜が更けるとともに、気温がどんどん下がっていく。夏から秋へ。金持ちにも貧乏人にも、善人にも悪人にも、季節は平等に巡る。
うとうとしてはふと目が覚めるのを繰り返しているうちに、いつしか夜が明けてきた。遠く近くに聞こえていた喧騒はいつの間にか静まっており、恐ろしいほどの静寂とモノトーンの世界に、俺はたった独り取り残されたような気分になって、なんだか泣きたくなった。
こないだまでの猛暑が嘘のように寒い。寒さと空腹と心細さと、いろんなものがごっちゃになって、こらえてないと涙がこぼれそうだった。
そんな俺に、すっと手を差し伸べたヤツがいた──それがミカヤだった。
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