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直前まで固く結ばれていた口元が緩んで柔らかな声を発する。彫りが深く、頬骨の張った顔をして、体つきも風雪に耐えてきたように壮健な印象を受ける。白髪やしわは、健康な老いの証に見えた。
彼の手に目をやると、親指の付け根に黒ずみがある。かつて牢獄に囚われた時、病に冒されて腐った痕だという。幕末から明治初期という動乱期をくぐり抜けてきた証を思い、四朗は胸が熱くなった。
「ええ、どうにか。千村先生に教わり、ルセーさんで鍛えられた英語です。イギリスとは少し違う言葉遣いのようでしたが、不自由はありませんでした」
「そうか。何にせよ、無事に帰ってきて良かった。しかし忙しいのではないか、東海散士よ」
「社長、その名前は」
「恥ずかしがることはない。お前の書くものは、私も楽しみにしている」
何度も紙に書いてきた筆名も、声に出して呼ばれるとこそばゆい。四朗が東海散士という筆名で『佳人之奇遇』という小説を書き始めたのは、明治一八年(一八八五)、洋行から帰った直後のことである。祖国を失った人々の姿を描いており、そこには四朗自身が下北半島で経験した日々も投影されている。
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