序章 星宿

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「谷将軍とお会いしたのでしょう」  安任は顔色を変えた。土佐藩出身の谷干城は、西南戦争における熊本城での籠城戦で指揮を執り、伊藤博文政権下で農商務大臣を務めている。しかし現在は職を辞して野に下っていた。 「社長、鹿鳴館をどう思いますか」 「ああ、確か、山川様の妹君がたいそう注目されていると聞く」 「華と呼ばれるほどだそうです。どのような形であれ、同郷の者が褒めそやされるのは満更ではありませんな」 「まったくだ」  二人で声を揃え、一頻り笑う。それで少し肩の力が抜けた。 「勝さんも谷さんも、今は野に下っております」 「そうらしいな。井上外相や大隈外相と意見が合わないと、本人たちが言っていた」  勝海舟と谷干城、幕末から明治にかけて政治や軍事の世界で活躍した二人は、徳川幕府が結んだ不平等条約の改正問題で、井上馨と大隈重信の両外相の方針に反対し、抗議の辞職をしていた。諸外国が不平等条約の改正に応じない理由の一つは、近年まで行われていた獄門や晒し首などの残酷な刑罰が執行されることであるとされている。
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