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「お母さん?お母さんならさっき居たじゃないか」
「違うよ、本当のお母さんのことだよ」
「本当のお母さん?お母さんならお風呂に……」
「違う、違うよ。死んじゃったほうのお母さんのこと」
僕はその言葉を聞いて、小春の顔を凝視した。
「死んじゃった?だからお母さんはお風呂に」
「お父さん、忘れたの?本当のお母さん。私がお腹にいるとき、たっかいビルから飛んだほうのお母さんだよ」
小春の頭に乗せた手が小刻みに震える。
思い出した。
この顔。この切れ長の目が印象的な顔は、あのときの……
麻衣子との子作りを止めていたとき、誰かに紹介するはずだった女の顔。
妊娠のタイミング。
あの女が妊娠したと言ったとき、金は好きなだけやるから『おろせ』と告げた。
小春は無邪気な声を上げた。
「たかぁい、たかぁいとこを飛んだの。痛かったけど楽しかったよ。お母さん、どうしてか泣いてたけど……」
小さな頭から手を離し、僕は愛娘を抱き締めた。
「お父さんさん、大丈夫だよ。小春ちゃんね、わかってるから。このお話は……」
小春の顔。
娘は母親に似るとよく聞く。静かに彼女は口を開いた。
「あなたと私だけの隠しごと」
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