第2章 - 10 years later - 大魔導の庭

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 早急に手を打ちたいが、ことを大げさにしたくない。剣技一筋の騎士団長の娘が、凡庸でない──かもしれない魔法の素質を見せたとあれば、世間は騒ぐ。すでに屋敷の者には知れてしまった。〝まぐれ〟で済ませられるのは一回だけだ。 「直々に手ほどきしよう」  プルデンスは言った。「そのかわり、私には隠し事なしだぞ、騎士団長殿」  閉じた扇の先で指され、クロードは深く息を吸い込む。想定はしていた。元より、叔母の知識と知恵を頼ってここへ来たのだ。魔法に関する情報は誰よりも早く手に入れ、独占したがる質なのも知っている。  十年、秘密を守った。レアは別人として生きているのだろうか。あれ以来、際立った炎の使い手の話は聞かない。火炎が薙ぎ払った土地にも新しく樹木が育ち、森林の姿を取り戻してきているだろう。  自分に起こった出来事は、〝火竜姫死す〟の筋書きに矛盾する。誰にも話せなかった。だが、今は。  おぼろげな記憶は、ひとつの可能性を示していた。毒が臓腑を蝕んでいく、その痛みと苦しみ。啜るたびに癒してくれたあれは、レアの……。 「火の精霊サラマンダーの生き血」  クロードの言葉に、プルデンスは扇を引いた。再び広げて顔を扇ぐ。 「興味深い」  扇から目だけ出してクロードを見据える。無言に促されて、クロードは重い口を開いた。  火竜公懐妊の正式な報せは、間もなくして中央に届いた。主治医の見立てで半年以内には生まれるとあり、そこから半年、つまり今から一年あまりは、戦地帰参はままならぬと。  軍幹部はさほどの動揺を見せない。火竜公が女である以上、結婚出産は想定の範疇だ。対策は〝平和的外交〟を以って成された。今では火竜公第一子誕生に各国の王の名で祝いの品くらい届くだろう。  一方で、隣国ボフロフは侮れない。この機に従属を迫ってくる、そう予見して武装強化を声高に叫ぶ者がいれば、そうやって兵を集めることこそが敵意ありとみなされ、付け入る隙を与えると制する者がいる。  議会は平行線をたどったまま、三日目を迎えた。議場は王城の一角にあり、クロードは中央騎士団の長として円卓の外に座る。  シーファは、プルデンスと話がついて即日、乗馬特訓という名目で母親とともに花の屋敷に身を寄せた。私邸の奉公人にはロゼが上手く執りなしている。大丈夫だ、己に言い聞かせると、列席者のざわめきが耳につく。間もなく、議場の扉が開いた。
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