第2章 - 10 years later - 大魔導の庭

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 議長を務める宰相に続いて、王下で中央軍を指揮する三人の将軍が入場する。左軍将ブリエンヌ卿、右軍将ベロニド卿、央軍将ラヴァル卿──クロードの父だ。今日は大魔導プルデンスを従えている。  それぞれが円卓に着くと、宰相は厳かに開会を宣言した。議題はこれから先一年の国防の方針。円卓の中で昨日までと変わりばえのしない議論が始まる。  茶番だ、クロードは思った。この国の大体のことは、宰相と国王の間で決めている。将軍たちに意見を出させるのは、最終的に矢面に立つ彼らに一応の納得を与えるためだ。今回でいえば、隣国に対して特別に警戒するつもりはないだろう。ボブロフはボブロフで、ここ数年内紛に手を焼いている。火竜公が動けぬと知ったところで、おいそれと国境を侵せる状況ではないのだ。  だが、万が一に備える必要はある。平和的外交も、背後に〝千里を薙ぐ〟の威光あってこそだ。半島を統一してから年々国力は上がっているものの、北の大国には及ばない。兵力の差を覆す何か、それさえあれば。 「新しい火竜姫など立ててはいかがか」  突然の大魔導プルデンスの言葉に、クロードは脳天を割られたような衝撃を受けた。口を開くが声は出ず、遅れて息を吐く。この席からの発言は、求められた場合以外許されていない。クロードと同列の文官や他二軍の騎士団長が顔を見合わせる。 「心当たりでもあるのか、大魔導よ」  一瞬で張り詰めた議場の空気を割って、ラヴァル将軍が問いかけた。プルデンスは口元を隠していた扇を閉じて立ち上がった。 「簡単なことです。少女をひとり選んで、任命すればよい。火竜公も国境赴任後はその力を披露する機会なく女の幸せを謳歌しておられる。〝千里を薙ぐ〟がどのようなものか、チチェクの残党が語り継いでくれたおかげで、ボブロフは試してみようなどとは思いますまい」 「またいたいけな少女に重責を課すと? 大魔導殿は相変わらず非情でございますな」  円卓では最年長のブリエンヌ将軍が鼻で笑った。「ご自身が名乗りを上げればよろしいのでは?」  プルデンスは穏やかに微笑みを返す。 「わたくし程度の者、どこの国にもひとりふたりはおりましょう。そうでなく年若くして力を持つ、だから良い。五年先十年先の充実を匂わせて、永く無用な争いの抑止力となる」  一同は沈黙した。 「宗教ですな」  呆れた様子のブリエンヌを一瞥し、プルデンスは立ち上がった。 「宗教、結構なことだ。それこそ民の救済ではありませぬか。戦争が起これば、いたいけな少年少女や働き盛りの若者がどれほどの数失われるか。竜の炎に焼き出された者たちも、今はその庇護下で平穏無事を享受している。火竜公レアが戦線から遠のいても、代わりがいるとなれば民も安心するでしょう」  涼しい顔でプルデンスは続ける。 「要は有事に至らなければよいのです。たかが一年。軍備強化は国の務めとしてこれまでどおり行う。特別北部に兵を集めるようなことをしなければ、いかな大国といえど、干渉する道理はないというもの」 「異議あり」  ベロニド将軍が右手を挙げる。「我々は万が一、有事の際にどうするかを話している」  プルデンスは黙ってベロニドに視線を投げた。知将と評される男に議場が注目する。ひとつ咳払いをしてベロニド、 「火竜の威光がまばゆいからこそ、翳りが見える時を諸国は手ぐすね引いて待っているのだ。付け焼刃で次なる火竜を仕立て上げたところで、どれほどの抑止となるか」  そうだそうだとブリエンヌが身を乗り出す。父ラヴァルだけが、プルデンスの意図を悟ってか──あらかじめ示し合わせていた可能性が高いが──黙って話を聞いていた。 「その時は、王下三軍の出番でしょうなあ」  プルデンスは優雅に扇を振った。にわかに立つ風の吹く先に、貴婦人のすました顔。「元々なかったではありませんか、千里を薙ぐような火力など、我々には」  かつては騎馬と歩兵中心の軍で遠征を繰り返し、半島を統一したあかつきにはボブロフ国境をも越えようとしていた。人に非る力を拾ったのは、たまたまだ。 「〝お護り〟があってもなお一戦を望む国があるなら、戦えばよい。チチェクの教訓を生かして各軍兵法は見直されておりましょう」  チチェクのような小国に手こずるような兵構成で大国に攻め入るのは単なる愚行。魔法使いを効果的に配置するべきだと、当時ラヴァルから上申している。結果、ボブロフとは当面の友好を結ぶ形になった。 「まさかこの十年、火竜公の力を当てにして、何も進歩してないということは?」  プルデンスの言葉に、左右二軍の将は口をつぐんだ。
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