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王城を北端に、南へと走る目抜通り。舗装された路面には長い影が這い、忙しなく行き交う人や馬の足音を響かせる。両脇に立ち並ぶ店はどこも「王家御用達」の看板を掲げ、出ては入る貴族の使用人達が日暮れ前の慌ただしさを物語る。
王都セルジャンといえど、貴族だけの街ではない。道の一本裏には御用達の御用達が、そのまた裏には商人や職人たちの生活の場がある。路地裏で遊ぶ子供が夕食に呼ばれて姿を消す頃、酒場には灯火が入り、客を探す女が辻に立つ。
初夏の風が運んでくる匂いや音は、丘の上から望む景色に古い記憶を重ねさせる。
こういう時に何も声をかけないのが隣の男のいいところだと、女は思った。この場所に寄りたいという申し出にも、理由を聞いてはこなかった。男の態度が、自分の「今」と「これから」だけを照らしてくれる。
フードの襟首をかき合わせて、吹き込む風を拒絶する。眺望に背を向けて歩き出す方向は、闇。
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