第2章 - After the day - 馬車の中

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 馬は三頭いた。荷台を引く一頭を男が御し、ほかの二頭を兵士ふうのふたりがそれぞれ駆る。私は荷台で揺られながら、時折、自由になった手で幌をめくって外を確認する。街道脇の景色はまだ原野や樹林で、人里に近づいた様子はない。  積荷に挟まれてすることもなく、私は出来事と考えを整理する。  いつのまにか朝が来ていた。私は鎖を外され、火のそばに招かれて朝食を与えられた。  硬く焼きしめたパンと、香草のスープ。煮炊きする道具を積んでいるあたり、街には極力寄らないで長旅をしてきたのだろう。  男はカカと名乗った。兵士ふうのふたりはよく見るとカカよりは若そうで、カカほどではないが背が高いほうがラウル、小柄で痩せているのがウゴ。ウゴは私と同じくらいの歳に見えた。  カカはふたりからは賢者様と呼ばれていたが、力関係はふたりのほうが上のようだ。針路や寄る街の決定はラウルがしていた。ウゴはラウルの指示で動く。カカは煙管をふかして聞いているだけだった。 「火竜姫レア殿とお見受けする」  食事が済むとラウルは片膝をついて私に言った。「手荒な歓迎をお許し願いたい」  私が黙っていると、ラウルは私の腕を指した。気を失っている間に袖をめくって確認したのだろう、人とは違う、鱗の生えた肌を。  うなずく私に、ラウルは国境を越えてボブロフに入る予定を伝えた。 「詳しいことは、今はお話できません。だが、身の安全と、最低限の衣食は保証します」  丁寧な口調ではあるが、無駄な抵抗はやめて大人しくついて来い、ということだ。ボブロフへは、大陸と半島を分ける山脈を越えなければならない。街道を行けば楽だが関所がある。迂回するためには馬を捨てて山道を進む。手枷を嵌めて連行されるよりは、自分の足で歩くほうがましだろう、と。  私はうなずく。危害を加えるつもりがないのは確かだろうし、私自身にも、国内に留まる理由がなかった。行く当ても、帰る場所も、最初から。腹に落ちたスープの温かさだけが私に優しい現実だ。  ウゴに差し出された庶民の旅装に着替えて、私たちはその場を発った。まずは街道を北へ二日、山脈手前の街・ドニへ。  街道沿いにはこの先いくつか町や村があるが、寄らずに一路ドニを目指す。旅を急ぎたいのは、襲撃の主犯探しの網から逃れるためだろう。今頃きっと、国境守護の任で赴くはずだった城では、予定より何日も遅れている火竜姫の到着に騒ぎ始めている。  襲ってきた者たちがカカの仲間だった点に疑う余地はない。反対したと言っていたが、クロードが無事中央に戻れば、犬や毒の手がかりからカカにたどり着くのは時間の問題だろう。  追いつかれれば、元の筋書きに戻る。私は国の道具として力を振るい、力が要らない時は女として政治の駒になる。クロードがどうなったかは気になるが、所詮、私は拾われっ子だ。このまま国境を抜けて、ここ数年の出来事はなかったと思えばいい。盗賊の奴隷が別の盗賊にさらわれた、それだけのことだ。  だぶつく旅装にくるまれて車輪が軋む音を聞く、私には、することがない。
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