第3章 - 10 years later - 火竜の炎

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 クロードは寝室の揺り椅子にいた。木製の肘掛は三代に渡る主人に撫でられ、滑らかな丸みとツヤを帯びて、骨董としての存在感を主張している。揺らせば軋むが、定期的に職人の手入れを受けて、騎士の頑強な体格を危なげなく支えている。  議会は叔母プルデンスの発言ののち、大いに荒れた。新たに火竜姫を立てるなど浅知恵にもほどがあると左右の将軍は吠えたが、結局のところ軍備の采配を握っているのは宰相だ。火竜姫選抜に王は興味を示しているとだけ言い残し、夏前の議会は幕を閉じた。  王の勅令なら、誰も文句は言わない。一方、上申となると利権が絡む。早くもプルデンスの尻馬に乗りたい輩が擁立派を形成し、頼みもしない候補を挙げているという。その大概が魔法も使えぬ身内の令嬢だから目も当てられない。当のプルデンスは、煽るだけ煽って素知らぬふりを決め込んでいる。  大体、祭り上げる対象が決まったら、確実に騎士団から頭数を割いて護衛をつける必要が出てくる。今から派閥ができているようでは、国内ですら拉致・暗殺の危険性が高い。他国からも狙われるかもしれない。それでも仕事は仕事と割り切ることができる、が。  十年前と違って、今回はレアの身代わりではない。議会で公に提案された 〝名ばかりの〟任命だ。確かに外交上はそれで一応の役を果たす。だが、本物を知るクロードには、他国を怯ませる大役が、その辺のお嬢さんに務まるとは到底思えなかった。  あの時、プルデンスが指名したイヴェットは違った。貴族だったのはたまたまだが、レアに遠く及ばないとはいえ魔法の素質は非凡であった。将来を期待された少女は空の棺で埋葬され、名を剥がれた体は十年、レアのふりをして生きている。養家としてできる限りの支援をしてはいるが、彼女が炎を向けるなら、クロードは進んで飛び込むだろう。自分が捻じ曲げてしまった人生、祈る資格がないとしても、子供が生まれて、新しい幸せを手にしてくれるなら。  思索を巡らせてどれくらい経ったか、ロゼが部屋を訪ねてきて、灯りの支度を始めた。気がつくと西向きの窓に日が回っている。  明日は夏至祭だ。半島では一年のうちで最も大事にされる祝祭で、プルデンスの屋敷に泊まり込んでいた娘も妻も帰ってくる。  手紙では、シーファは飲み込みが早く有望だとあったが、実際のところどうか。門外漢のクロードには、放たれた炎は斬ることでしか消せない。幼くても、シーファ自身が操れるようにならなくては。
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