第3章 - After the day - ドニの街

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 目だ。この目がいけない。カカのまなざしが私を貫く。  月明かり、屋根の上、カカと私、二人きり。酒場の灯も落ちて、街は寝静まっている。吐く息の温度、胸の鼓動さえ伝わりそうな距離。手にした刃は大男の影で光を失う。  ドニ二泊目は、ウゴが朝食後すぐに探してきた宿に移るところから始まった。新しい部屋は、入り口は一つ、居室を抜けて寝室という造りだ。この街に長く居座る季節商隊向けの宿らしかった。  ウゴは居室に一つ寝台を運ばせて陣取った。一応私が好き勝手に外に出られないようにしたのだろう。二階だが、逃げようと思えば窓から出ることはできる。そのつもりはないのに出口を探してしまうのは癖だ。  とりあえずウゴは私と同室でなくなりほっとした様子だった。  私も、部屋があるなら一人のほうがいい。再び旅が始まる前に、今夜はゆっくり休みたい。できれば何も考えずに。  宿が決まったあとは、また街に出てウゴについて歩いた。必要なものはあらかた昨日の買い物で揃っている。今日は腰につける革袋や携帯食などの小物を買い足した。  ウゴは武器屋で自分の剣を研ぎに出して、小型の弓矢を調達した。剣は日暮れまでに研ぎ終わり、弓矢は山中での狩用だという。聞いてもいないのに喋るのは、昨晩のことがあっていくらか打ち解けたのか、それとも、別の意図を隠すためか。  どちらでもいい、どうでもいい。店の外で会計を待つ間に、「火竜姫が所領に着いた」と通行人が話すのが聞こえたが、私は驚かなかった。クロードは無事生還したらしい。住む世界の違う人が住むべき世界に戻ったなら、それで十分だ。  私はすでにマルリルだ。ほんの少し、連れ戻されることを期待していた自分がいたが、気づかないふりをする。あとは、なるようにしかならない。  窓幕を開けると青い光が差し込む。昨日より少し痩せた月が窓越しに見える。  研ぎ終わった剣を受け取ったあと、宿の近くで早めの夕食を取って、私はウゴと部屋に戻っていた。  ウゴはドアの向こうの居室にいる。明日は出立だから早く寝ろと私には言っていたが、自分はまだ起きて月を見ているだろう。明るい月には力があるとチチェクでは信じられている。月光を浴びながら祈りを捧げているはずだ。  私は祈らない。チチェクで強制された習慣からは、火竜姫になった時に解放された。月には冷たさを感じて好きになれない。窓幕を閉めて寝ようとした、その時だった。
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