第4章 - 10 years later - 後始末

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「まあ、そう畏まるな」 頭上から威厳が降り注ぐ。跪くクロードの前には、同年代の男が椅子に腰掛けている。  背中に嫌な汗が伝うのを感じながら、クロードは顔を上げた。  変化は三日目の朝に訪れた。  顔を洗う水とともに運ばれた真新しい騎士服は、公式の場へお呼びがかかったことを示していた。ついに裁きの庭か……クロードは覚悟した。  どのような裁定でもいい。シーファだけは守る。たとえ自分が罪人となっても。  着替える間に侍従が茶の席を整えている。朝の茶は自邸でも同じ、この辺りの貴族の生活風景だが、昨日までと何か違う。支度を終えてテーブルに向かうと、違和感の理由はすぐにわかった。席は相向かいに二人分、茶器は焼きも塗りも最高級と言われる銘柄のものだ。並べられた菓子もこの二日に比べ豪勢である。  案内された席に着く。侍従がクロードのグラスに水を注いだ。一口含んで喉を潤す。だがすぐに渇くのは、悪い予感がより悪い展開の確信へと変わったからだ。  扉を叩く音がし、隙間から見張り番が顔を出した。侍従と二言三言会話し、一度扉が閉められる。踵を返し、侍従がこちらへ歩み寄る。 「王太子殿下がお見えです」 「殿下が?」  クロードは生唾を飲み込んだ。席を立ち、扉を開ける。その向こうに、ゆったりした日常着の王太子ディディエが立っていた。 「軟禁状態は暇だろうと思ってな。朝の茶くらい付き合ってやろう」  ディディエは案内も待たずに部屋を進み、侍従が引いた椅子に腰掛けた。慌ててクロードは後を追い、その足元に膝を突く。 「王太子殿下にあらせられましては……」 「まあ、そう畏まるな」  挨拶するクロードをディディエが遮る。「我が友よ」  いかにラヴァルが名家といえ、直系王族への謁見は簡単には叶わない。だがディディエはクロードと年が近く、幼少期から何かと接する機会は多かった。一時期には騎士見習いとして肩を並べたこともある。今でこそクロードから友と呼ぶのは畏れ多いが、騎士の規律に身分の上下は関係ない。まだ体制や伝統に意味を見出せていなかった少年達はかつて、共感と信頼で絆を結んでいた。  ディディエに勧められてクロードも席に着く。侍従が二人分の茶を淹れ終わると、ディディエは彼に退室を命じた。 「では頂こう」 二人きりになった部屋に、茶器が立てる音が響く。ディディエは菓子にも手を出しているが、クロードはとてもそんな気になれなかった。  あの頃は、とクロードは回想する。修練では対等に剣を交え、励まし合って騎士の精神を鍛えてきた。ディディエに対して、確かに友情と呼べる心持ちがあった。  だが、王族の騎士修行は将来国軍を動かすための嗜みでしかない。それを悟ったのは、ディディエが二年の在団期間を満了した後、指導に当たった先輩騎士が僻地に飛ばされたのを知った時だった。火竜姫レアも、例に漏れない。  この状況下で、わざわざ人払いまでしてクロードと茶を囲むのは、思惑あってのことだろう。何を言い渡すつもりなのか。クロードの手元では、水のグラスばかりが空になる。  ディディエは指に付いた菓子の粉を舐め取って、優雅な仕草で茶を飲んだ。 「火竜姫が生きて戻ったと聞いてな」
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