第4章 - 10 years later - 後始末

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 ディディエが勧めるので、クロードは茶を一口含んだ。ぬるい液体が喉に引っかかる。食べる気もないパンをちぎりながら、目の前の雲上人の次の言葉を待つ。 「……軍議は、揉めている」  大きく伸びをしながら椅子の背もたれに寄り掛かり、ディディエは深く息を吐いた。  事件の翌日、すぐに要職が集められ、中央軍議会が開かれた。折しも夏至祭、主だった顔ぶれは王都に集まっていたため、会の進行に支障はない。  膝元での珍事は王家も看過できず、ディディエは自ら出席することにしたという。  ただ、夏前の軍議は第二の火竜姫を擁立するか否かで停滞したまま終わっていた。王家の興味を得て、やや擁立派優位の状態になってきたところではあったが、難色を示していた左軍右軍は「火器」の脅威にかこつけて「言わないことではない」と勢いづき、シーファの追放、クロードの騎士号剥奪までをも声高に唱えている。  一方の央軍は、火竜公の不在にボブロフが付け込む懸念を主張する。まだ七つのシーファに大役を任せるかどうかは別として、層の厚さを対外的に知らしめておく必要はあるとの論だ。  身内の不始末はどう責任を? と左軍右軍が詰め寄れば、央軍は中央法廷の裁きを待ち従う、と返す。  通常は軍内で規律に基づき処罰されるが、央軍上部が身内で、さらに現場が王都の市街地とくれば、内々に収められない。それはクロードも理解していたし、議場では明確な回答を避けるために法廷任せとしておくのが無難ではあろう。しかし裁判にかけられれば騎士号の剥奪は確実、ラヴァル家の格も危うい。  流れが変わったのは二日目、事後処理に当たっていた衛兵から騎士団を経て状況報告が上がってきてからだ。 「火の鳥が現れて炎を鎮めた」……事のあらましを締める一言に、〝本家〟火竜姫を知る者たちはざわついた。  夏至の季節にはそぐわない旅人風の二人連れが目撃されている。さらに、クロードが言葉を交わしたところまで。 「では、何者か? ということになる」  テーブルに肘を突いて身を乗り出すディディエの目は明らかにクロードを挑発している。  あれはレアで間違いないだろう  いや、あんな化け物が何人もいてたまるか  ではラヴァルの御令嬢は?  ……真実を知らない者たちの憶測が飛び交う。ここまではクロードも予想していた。  プルデンスにだけは、シーファを預けた時に全てを打ち明けている。だがディディエの話に登場しないところをみると、沈黙しているようだ。クロードが先に口を割るわけにはいかない。 「興味深い。実に」  ディディエはおもむろに立ち上がった。応じて腰を浮かせるクロードを手のひらで制し、自身はゆっくりと窓辺へ歩く。 「国防の要が身重の時に、火竜の片鱗を見せた幼女、死人の再来、と。この天の采配を、天寿を全うするだけになったジジイ達に任せておくのは不相応だと思わんか?」  朝の光が、窓から空を見上げるディディエの横顔を照らす。 「半島統一で一区切りついてはいるが、アンブロワーズはボブロフを諦めたつもりはない。ところが国王をはじめ中央三軍、我々の親世代はいつの間にか現状に満足し向上心を失った。困ったものさ。お前の叔母プルデンスくらいだろう、先の世を見通しているのは」  話が見えない。クロードは焦れた。水を飲もうとするが水差しはすでに空だった。  窓辺を行ったり来たりしながら、ディディエは続ける。 「私は次期国王として、我が国のことを第一に考える。守るだけでなく、もっと富ませる方法も」  ボブロフを牽制するためには、火竜姫の看板が不可欠だ。だが、それだけでは足りない。大陸の名をオクタヴィアンに変えるには、同時に複数、そして次の世代の火竜姫が要る──。  ディディエはそこで足を止め、クロードに向き直った。反射的にクロードは椅子から降り跪く。 「私は、お前の忠義と友情を信じたい」  王太子と騎士。二人の視線がぶつかる。 「まずは、レアと思しき人物を連れてこい」  ディディエは宣告した。「急務である」 「はっ……」 「馬を使っていてもまだそう遠くへは行っていないはずだ。ひと月やろう。諸事の謎を詳らかにするのはその後だ。できぬ場合は、生かしておくな」  レアが本物かどうか、再び国の役に立つかで、シーファの扱いが変わるということか。即戦力としても、次世代を<産む>母体としても。 「異論があれば聞く。そのためにここに来たのだ」  議場での王太子の言は絶対だ。二人きりの今、発言を許されるのは、確かにクロードへの温情かもしれなかった。  だが、断れば詮索はすでに手元にあるシーファに及ぶ。その裏でレアの存在はいずれ暴かれ、消される。 「……御意に」  クロードは胸に拳を当てて答えた。
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