第4章 - After the day - 旅立ちの前夜

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第4章 - After the day - 旅立ちの前夜

山脈を越えて帝国入りを果たしたマルリルたち。 魔物に追われながら考えるのは、カカと話したあの夜のこと……。 -----  激しい雨が視界を奪う。前を行くウゴとラウルが泥を跳ね上げる。カカに、ほとんど引きずられるような格好で、私は走っている。  開けた荒地は一粒も雫を遮らず、私たちを叩く。が、それでも進まなければならない。雨音を潜って低い唸り声が届く。まだ、「奴ら」を撒ききれていない。  かつては小川でもあったのか、転がる岩と岩が示す細い筋を辿っている。この雨でまた川に戻ろうというのか、溜まった泥水がわずかに流れを作り始めている。体感はないが傾斜を登っていることは確かだ。  ドニを出て五日、私はウゴとラウル、カカと共に山を越えてボブロフ領に入った。街道を避けて道なき道を行く。私の存在があるせいか、それとも彼ら自身の問題なのかはわからないが、半島を出たからといって堂々と歩ける身分ではなさそうだ。  カカの歩幅に合わせるには、私は二、三度脚をばたつかせないといけない。山越えの防寒がそのまま役に立つ気候の土地、着ている外套はそもそも重い。雨除けのための革製のはずが、何の役にも立っていない。衣服は水を吸い、肌に張り付いている。  濡れた布は滑りが悪い。自分で思うほど脚が上がらず、勢い余ってつんのめる。顔面から着地する直前で腕を引っ張られ、体勢を立て直すが、膝が笑っている。  もう走れない。無言でカカを睨む目に雨が入る。 「泣き言か? 火竜姫」  そう言うカカの顔はよく見えない。 「あんなの、焼き尽くしてやる」  手を振り解いて、背後に向き直る。煙る水飛沫に無数の赤い光がちらついた。ウリズリネ。魔法で荒れた土地に湧く、口に入る大きさなら同類でも餌にする中級の魔物だ。 「やめておけ」 カカは私を担ぎ上げると再び走り出した。  わかっている。この降りではたとえ魔法でも、炎の威力は弱くなる。しかも、こんなに体を濡らしてしまっては。  その前に、魔法を使うなとカカに言われていた。退治屋の仕事は退治屋がする。通りすがりは、ただ通り過ぎればいいのだと。  カカの肩で二つ折りになった状態で、私は顔だけ上げて敵を確認した。赤い光は三つに減ったが、さっきよりも大きくなっている。向こうは、ただの通りすがりとは思ってなさそうだ。走って逃げるのは限界がある。明らかにこちらは疲労で速度を落としている。  ウゴとラウルは、さっき私が転んだ間に少し離れたか。足音は雨に消されてわからない。  赤い光は、それをはめ込んだ頭の陰がわかるほどまで迫ってきている。人間の倍はありそうな、獣の形をした三つ目の、口が裂けて──気づいた瞬間、鞭のようなものが飛んできて、カカの脚に巻き付いた。  引き倒されるカカから放り出された私は、背中から地面に叩きつけられた。緩んだ土の上だが衝撃で息が止まる。痛みにのたうち回る暇はない。近くの岩につかまりながら体を起こす。カカは、うつ伏せに倒れていた。巻き付いているのは舌だ。そして、舌の持ち主は一飛びで爪が届く位置にいる。
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