第4章 - After the day - 旅立ちの前夜

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 ドニの宿の屋根上で、寝転んだカカは、手振りで私に横に来るよう示した。かすかに吹く風が、近づけと促す。私は足元を確かめながら、両手で這うように距離を詰めた。 「これからお前、どうなると思う」  カカの問いが現実を思い出させる。  国にいた頃のように貴族扱いされる保証はない。何か利用価値があるからこその拉致で、この先で殺されることはないのだろうが……。 「戦争の道具」  黙っている私にカカが煙と共に吐き出した言葉は、言われるまでもなくわかっている。 「──で、済めばいいが、な」  厚みのある手で煙管を叩く。赤く光る火種が灰となって散った。  ほかに〝使い道〟があるとしたら、私の存在の意味を知る者が、本来の役目を果たさせようとしているくらいだろうと、この時の私は考えていた。可能性の低い賭けだとしても、国に戻って余生を送るよりは自分について明らかにできると信じていた。 「初潮は来たか?」  唐突な踏み込んだ質問に、私は思わずカカのほうを見た。火の消えた煙管を弄びながら、飛んでいった灰の行方を追うように顔を空に向けている。 「なんでそんなことをお前に」  教えなきゃならないんだ、と言い終わる前に、含まれた意図に気づいた。  半島統一、ボブロフへの牽制、辺境の領主となること──土地の有力者と婚姻を結んで。つまりそれは、力を継ぐ者を産ませる計画だったのだろう。一瞬で街を焼け野原にする火力は、中央での戦いには向かない。鱗の生えた肌はおぞましく、称号に見合う階級では輿入れも叶わない。中央から遠く、脅威を有効に活用でき、本来なら貴族の家柄ですらない、人と違う体の姫でも嫌と言えない立場──それが赴く予定だったラビュタンの領地だった。  生まれた子が母譲りの力を持っていれば、国境は安泰だ。半分は由緒ある貴族の血も入る。私の火竜姫は一代限りの栄誉称号だが、子供はラビュタンの侯爵位を継いで中央に貢献できる。……プルデンスが考えそうなことだ。 「人の子が産めるかどうかもわからないのに……」  思わず漏れた呟きに、 「ヴィニシウスは何も言ってなかったか?」  カカが口にしたのは、じじ様の名前だった。
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