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第5章 - 10 years later - 画策
本物の火竜姫の捜索を命じられたクロード。
ラヴァル邸ではプルデンスを囲んで家族会議が開かれる。
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プルデンスがやって来たのは昼過ぎだった。手土産の菓子を受け取ったシーファが小躍りしてホールを出て行くのを、メイドが追いかける。クロードの妻でありシーファの母、レティシアも続いて場を辞そうとすると、プルデンスがそれを止めた。
「レティシア。今日はお前も話を聞きなさい」
「でも、大事な軍部のお話なのでは……」
恐縮するレティシアに、プルデンスは柔らかく笑むと歩き出した。勝手知ったる屋敷、通される部屋はプルデンスが指定する。今日は温室で、すでにロゼが茶の支度を整えて待っていた。
「本当にここでよろしいのですか?」
クロードは椅子を引いてプルデンスを座らせた。「会話が外にも聞こえますが」
「構わない。気が滅入るような話にはちょうど良かろう」
天井まで全面ガラス張りの部屋は広くはないが、ラヴァル邸の造園を見渡せる位置にあり、中でも植物を育てている。陽光が差し込み花の香りが漂う空間はプルデンスの気に入りの場所だ。中央に置かれた丸テーブルは三人掛けると一杯で、ロゼは茶を注ぎ終わると呼び鈴を置いて出て行った。
「さて、まずはシーファの話からだ」
プルデンスが口火を切る。レティシアは緊張した面持ちで頷いた。
「火事被害に遭った者たちには、ラヴァル将軍名義で見舞金を出した。なかったことにはできないが、怒りの矛先がシーファに向くことはないだろう」
茶を一口飲んでプルデンスは続ける。「しばらくは倹約することだな。付き合いも控えて大人しくしておれ」
「それは、もちろん」
クロードはテーブルの上で指を組んだ。夏至祭を打ち壊した身で、着飾って出歩く勇気はない。レティシアにしても、元来好んで社交する令嬢ではなかった。噂の的になるとわかっていながら表に出るはずもない。
貴族社会において、舞踏会や有力者への献上品に金を掛けられないことは家の衰退に直結する。しかしそれはもはや些事だ。クロードとシーファは断罪されようとしているのである。
「中央法廷は、シーファは王都には置けないという見解だ」
プルデンスの言葉に、茶のおかわりを勧めるレティシアの手が止まった。
「強力すぎる火器は、今の王都には不要なのだ。判決はディディエ殿下が待てをかけているが、衆目に晒された以上、シーファにとっても別の土地で暮らすほうが良い」
娘の置かれた状況を突きつけられ、両親は沈黙した。確かに、シーファが火を放つところは大勢に目撃されている。ラヴァルの令嬢であることも知れ渡ってしまった。
「せめて十かそこらの歳であれば、魔導見習いとして軍に入れることもできたが、あとあと嫁の貰い手に困る」
プルデンスは扇で口元を隠して笑った。彼女なりの冗談だとわかっていても、クロードたちには笑えない。
「一応は親戚でもある火竜領へ行かせるのが妥当なのだが」
言葉が途切れ、扇から鋭い眼光が覗く。「モンテガント公に打診した」
「モンテガント!?」
クロードは思わず腰を浮かした。ぬるくなった茶がこぼれる。レティシアが呼び鈴を鳴らし、ロゼがテーブルの始末をして新しい茶を持ってきた。
「公が火竜姫の子との縁組を望んでいることは知っている。私のところにも根回しに来た」
「生まれたらすぐ領地に引き取りたいとか。一体何を考えているのか……」
「お前こそ、頭は回っているのか? 赤子には母親が必要だ。だが母親の火竜姫は領主だ。赤子ともども領地を離れるのも、赤子だけ渡すのも無理な話。それを承知で言っているのだ。断れば、では年頃になったあかつきには、と話を持っていきやすい」
口約束でも、すでにモンテガントが候補に挙がっているとなれば他の貴族を牽制できる。
「まあ、王都周辺の貴族は血統優先だから、ほかに引き合いが来るとも思えぬが。なんとか生きているうちにと老体に鞭打って奔走しているのだろう」
貴族は位が高いほど人生を選べぬものだ、とプルデンスは断じた。
「公に借りを作る形になる。シーファまで嫁がせろと言い出しかねないではないですか!」
クロードは憤慨した。
「願ってもないことだ。これからのラヴァル家にそれだけの価値があれば良いな」
「どういうことです?」
「兄上は将軍を辞職する」
「お義父様が!」
今度はレティシアが声を上げた。
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