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「そうだ。一騎士団長の首では足りん」
プルデンスの言葉がクロードの胸に刺さる。父にも累が及ぶ可能性は想定していたが、こうもあっさりと決まってしまうとは。傷から血が滲み出すように不安が広がる。
「では、誰が次期将軍に?」
「当面は空席だ。議会での発言権は弱まる。左右軍に付け込まれるのが目に浮かぶな」
「そんな……」
指揮を失えば軍力も自ずと下がる。長引けば解体され左右軍どちらかに吸収されるのがオチだ。
「心配するな。将軍辞職の件はまだディディエ殿下預かりとなっている」
プルデンスは扇の先端をクロードに向けた。「お前にはやることがあるのだろう?」
レアを探し出し、ディディエの前に突き出す。それまではすべてが保留だとプルデンスは言った。
「お前が騎士団長のままでいられるのも殿下のお取り計らいだ。レア捜索には手駒が要るからな」
見舞金と将軍辞職で国民感情と左右軍への落とし前をつけ、クロードからは目を逸らさせる。王太子のお膳立ては完璧だ。言うまでもなく失敗は許されない。
クロードは生唾を飲み込んだ。テーブルに置かれた拳が固く握られるのを、レティシアが青い顔で見つめる。
「正攻法では難しい。だからモンテガントなのだ」
火竜領は実質旧ラビュタン王家の権力下でラヴァル家から動かすのは難しい。それよりも昔から親交のあるモンテガントを後ろ盾に、情報収集──場合によっては情報操作しながらシーファを守り、ラヴァルを支援するのが現実的である。
「モンテガント領へ行ってくれるな? レティシア」
プルデンスの視線を受けて、レティシアは頷いた。
「ロゼを供に付けよう。公より承諾得られ次第の出立となる。準備を急ぐように」
「モンテガントまで行くなら私も」
クロードが身を乗り出すと、
「いいえ、あなた」
レティシアが制す。「シーファはわたくしが」
「しかし……」
「あら、騎士団長が王都を離れたら何が起こるかわかりませんわ。モンテガントはわたくしにお任せください」
レティシアの顔色は悪いままだが、夫を見返す目には力が戻っていた。
「わたくしの実家にも、あらかたの経緯は伝えております。路銀くらいは用立てられましょう」
言葉にも頼もしさが窺える。
「モンテガント公には失礼のないように。具体的な指示は追って伝えよう」
プルデンスは満足そうに目を細めた。
「さてクロード、これでお前が心配すべきなのは自分の仕事だけだ。存分に励めよ」
扇で口元を隠し、プルデンスは呼び鈴を鳴らした。現れたロゼとともにレティシアが退室する。クロードは冷め切った茶を飲み干してプルデンスの言葉を待った。
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