第5章 - 10 years later - 画策

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 この人たちに炎を放つ? 死なない程度に加減できるだろうか? 建物に燃え移るかも……。  胸の前で火球を成形しながら、なおもイヴェットは迷っていた。  イヴェットは実戦の経験がない。自分の力が生身の人間に危害を加えるかもしれない事実に戸惑った。こんなところも、〝本物〟とは違う。いくつもの街を焼いた火竜姫なら、きっと迷わない。  ナイフの男は突然の炎に驚いた様子ではあったが、怯んではいない。間合いを取り直して構えている。 「やる気か、おもしれえ!」  もう一人もナイフを出した。  ああ、魔法に驚いて逃げてくれたら良かったのに。  イヴェットが心を決めて、火球を男たちに向けて押し出した瞬間だった。  斜め上から何かが貫いて火球が弾けた。舗装のない地面に矢が突き立っている。 「誰だ、あぶねえ!」  最初にナイフを出した男が、矢の飛んできたほうに怒鳴った。表通りに面して並ぶ家屋の裏、屋根の上に弓を持った青年がいた。 「あぶなかったのはそっちのほうだろ。助けてやったつもりなんだが」  青年が返す。「その人はたぶん上級の魔導士だ。炭になるまで燃やされたくなかったら、早いとこ消えるんだな」 「てめえ、降りてこい!」 「そのつもりだ。あんたらがいなくなればな」 「なんだと!」  上と下で言い合っている間に、イヴェットは体勢を整えた。サリーナも、呆気に取られてはいるが、恐怖からは解放されたようだ。 「あんたらのおかげでここは人が寄り付かなくなって静かでよかったんだが、騒ぐなら他でやれ」  言うか、青年は立て続けに矢を放った。一、二、三本。撃ち終わりとほぼ同時に弓を体に掛け、屋根から飛び降り様に剣を抜く。  男たちが鼻先を掠める矢にたじろいでいるうちに、彼はイヴェットの前に割り込んでいた。 「せこい商売は、相手を選ばないと早死にするぜ」  一人に切先を突きつける。無法者とは格が違うのは、イヴェットの目にも明らかだった。 「夏至祭の後は流れ者が増えてる。慣れない街歩きはやめて、早く帰りな」  青年は剣を収めながら言った。  無法者の姿が表通りに消えたのを見届けるとサリーナはやっと安心したのか、へたり込んでしまった。イヴェットはその肩にそっと手を置いて、地面に刺さった矢を引き抜いている青年に声をかける。 「助けていただいて……ありがとうございました」  彼はすぐには反応しなかった。最後に抜いた矢を無言で見つめている。  落ち着いて観察すると、先刻の立ち回りからは意外なほど細身だ。上背があるせいでそんな印象を受けるのかもしれない。  青年が何も言わないので、イヴェットは言葉を続けた。 「ご厚意に報いたいところなのですが、事情がありまして、先を急いでおります。ご無礼をお許しください」  本当に助けてくれたのなら、お願い、早く行って! ──イヴェットは祈るような気持ちで青年を窺った。 「風向きを」  空を仰いで青年がつぶやく。「もう少し気にするべきだ。火を使う時は」  突然の魔導指南に、イヴェットはプルデンスの教えを思い出す。しかし意図がわからず困惑していると、青年はゆっくりとイヴェットに向き直った。 「あんた、火竜姫だろ。〝にせ〟の──」
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