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クロードは馬を走らせていた。セルジャンから北上し、一路、モニックの街を目指す。少し離れてその後を十人の部下に追わせている。
プルデンス来訪の数日後、レティシアとシーファはクロードの心配をよそにモンテガント公の快諾を受けて旅立った。
マルリルと名乗る旅人がモニックに滞在しているという情報が入ったのはその後間もなくのことである。
プルデンスは先に自分のところへ連れて来いと言った。何か考えがあるのだろうが、教えてはくれなかった。
「いい加減子供扱いはやめていただきたい!」
夏至祭の騒ぎから追い詰められ続け、苛立つクロードは含み笑いのプルデンスに食ってかかった。自分の力の及ばぬところで筋書きが組まれ、踊らされる。中央を巻き込んだ壮大な話になっているが、元はシーファの問題だ。娘の将来を左右する目論みなら、親のクロードにも知る権利がある。
しかし、
「クロード、可愛い甥よ」
プルデンスは一笑に付した。
「お前こそ、もう子供ではないのだ。火消しばかり考えず、燃えているものが何かをよく見なさい」
大魔導はにっこりと、叔母の顔に戻った時ほど恐ろしい。
「時には、灰になるべくして燃えているものもある──」
それが何かは自分で考えよ、と切り捨て、渋面のクロードを送り出したのだった。
モニックはセルジャンと大陸を繋ぐ街道沿い、火竜領方面とモンテガント領方面の分岐点にある。徒歩でも朝出れば閉門に間に合う、王都最寄りの宿場町だ。幅があり舗装が行き届いた道は乗り合い馬車も通る。
中央から姿を眩ますつもりなら、何日も居座る距離ではない。大男は連れておらず女一人で場末の安宿に泊まっている。花の名の女は多い。「マルリル」違いの可能性は否めない。それを騎士団長自ら赴いて確かめるのは異例である。
通常の尋ね人なら、現地の衛兵がやる。本人かどうかの確認もそこそこに、直ちにセルジャンまでお越しいただくのが中央流だ。
だがクロードは自分で出向くことを選んだ。もし〝本物〟だったなら、その後の対応は迅速に進めたい。与えられた時間は限られているのだ。すんなりとセルジャンへ同行してくれればいいが、拒否した場合は──その場で決断し行動しなければならない。
クロードの脳裡に、夏至祭でのマルリルが浮かぶ。去り際に見せたあの目は、手向かう者を焼き尽くす意思を示していた。千里を薙ぐ火竜の炎に、多勢は無意味だ。
なぜ戻ってきた……!
その問いは、クロード自身に荊の棘となって絡みつく。あの時、シーファの暴走を止めなければ、街にどれだけの被害が出たかわからない。注目が集まることを承知で、マルリルは助けてくれたのだ。
何か目的があってセルジャンへ来たのだろう。それがまだ果たされていないなら、モニックに滞在する理由はある。では目的とは?
二人きりで話したい。馬に鞭を入れる騎士は同時に、宛所にいる女が別人であってほしいと願う。
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