第1章 - 10 years later - あれから十年

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 少女の手から放たれる灼熱は、いくつの命を奪っただろう。「千里を薙ぐ」を振りかざして戦いを避けられるようになるまで、少女の心は何度死んだだろう。  クロードが死の淵から引き戻されたあの時、消えた火竜姫を追うことはできた。脇腹の外傷も毒に焼かれた内臓も、まるで何事もなかったかのように癒え、腕も足も軽快に動いた。  周囲を見渡すと、来た道のほかに踏み拓かれた藪はない。焚き火は燃え尽きて、くべた枝がそのままの形で白くなっていた。自分が無事でいるあたり、敵に追いつかれてしまったり、魔物に襲われたりしたわけではなさそうだ。自分の意思でここを後にしたのだろう。  行きかけて、足を止める。  彼女に初めて会ったのは国が半島の統一に乗り出して間もない頃だった。まだ騎士見習いだったクロードは、父の軍が次々と敵対する諸侯を制圧していく後方で、捕虜の管理や食糧調達などの支援業務をこなしていた。  中央から見て東南、半島の付け根に位置する小国チチェクに進軍した時だ。騎士や歩兵を中心とした父の軍三万は、魔法使いの多いチチェク軍一万を相手に攻めあぐねていた。  魔法使いは普通、籠城の守りに配置される。しかしチチェクでは歩兵の背後について打って出てきた。火炎に進路を阻まれて、城までの距離を詰められない中、チチェクにのさばる盗賊の一味から売りつけられたのがレアという名の少女だった。  十になったかならないかの貧相な子供が、火の精霊の力を宿しているという。手足に生えた鱗がその証と、レアを連れてきた男は言っていた、らしい。  細かいいきさつは当時軍の末端だったクロードには知らされていなかったが、詐欺や陰謀が疑われるのは容易に想像がつく。そんな中で敵を圧倒し、突破口を開くことで、小さな魔法使いは実力と潔白を証明してみせた。  レアの火力でいくつかの街を焼きながら、父の軍はチチェクの城を落とした。残党は北の大国ボブロフに逃げたが、国境はチチェクを範囲に含め、父は将軍になり、レアには火竜姫の称号が与えられた。レアを前線に据えた戦いを何度か繰り返したのちに、国は半島を手中に収めた。  巷で語られる火竜姫の英雄譚には、生身の人間は出てこない。重責を背負わされた小さな肩を、クロードは間近に見てきた。貴族社会の上っ面を整えるための振る舞いや教養を叩き込まれ、戦いを強いられて、用がなくなれば辺境へ追いやり……その道中で襲われた。  レアを追いかけて元の筋書きに戻すことが、彼女にとっての幸せではないと、あの時のクロードは思った。人生を選び取る力のなかった子供が自らの足で歩き出したのなら、国の人間は送り出してやるしかない。  火竜姫は死んだ。そして、それを事実にできるのはクロードしかいなかった。
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